2012年05月27日

DJしました


'12-05-25
自由が丘 Bird Song Cafe /DJ "southern all star tracks"
ワタシの playlist は以下デス

 yours love/Freddy North【friend】72
 natural man/Bobby Womack【facts of life】73
 this old heart of mine/Rod Stewart【atlantic crossing】 75
 it's not the spotlight/Kim Carnes【sailin'】76
 johnny too bad /LeBlanc & Carr【midnight light】77
 losin' you/Hank Williams, Jr【Hank & friends】76
 rainy nights/Lenny LeBlanc【Lenny LeBlanc】76
 makin' it to the street/Corky Laing【makin' it to the street】77
 貿易風/加藤和彦【それから先のことは…】73
 snowbound/Wayne Berry【home at last】75
 set job/Gerry Goffin【it ain't exactly entertainment】 73
 short cut draw blood/Jim Capaldi【short cut draw blood】75
 chica boom/The Staples【unlock your mind】78
 patches/Archie Bell & the Drells【CD bonus】70
 let's steal away to the hideaway/Luther Ingram【let's steal away to the hideaway】76

この15曲 ドレルズを除いた14曲すべてが lead guitar by Pete Carr
マッスルショールズ以外の地で録られたのはコーキー レイングとロッドの2曲
このコーキーとは…マウンテン/ウェスト-ブルース&レイングの
この盤 メイコン/ジョージアの capricorn 録音 クラプトン/ディッキー ベッツ/トミー タルトン/ジョージ テリーなど参加 隠れ名盤

ロッド盤はロス/メンフィス/マッスルで音録り
この曲はハイのスタジオ バックは MG's なれどリードはカーが出張りで
リズムギターはクロッパー

The Staples これは Staple Singers のこと
この名義でLPを出していたため探し出すのが骨だった…
Wexler & Beckett プロデュースの好盤

posted by Denny_O at 21:41| Comment(2) | TrackBack(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月03日

Muscle Sound


マッスルに関しての書き込み 読んでいて「?」となることが多々ありましょう
「マッスル録音」とした時のマッスルとは何を指すかということ
場所なのかスタジオなのか…
マッスルスタジオフェイムがごちゃごちゃするはず

いけないのは 四人衆が(もしかしたらウェクスラーが)スタジオ名を
Muscle Shoals Sound Studios としたことだ
これを North Jackson Studio とでも命名していたら…わかりやすかったのに

マッスルショールズは地名 ただ住所表記ではアラバマ州コルバート郡であるらしい マッスルは街の俗称のみ? この界隈の地名はほぼシェフィールドということになる…のか? よくは分からないのだが

前にも記したがこの界隈には マッスルスタジオ/フェイムスタジオ/ウィジェット等々六つ七つのスタジオがあるようだ

「マッスルサウンド」が人によってかなりとらえ方が異なる はず
60年代好きならば ウィルソン ピケット/アリサなど… Atlantic 盤を中心とした FAME studio 録音となるだろう デュアン オールマンの活躍もこっち スタジオのオーナーがリック ホール
ただし「60年代マッスル録音」の白眉を『男が女を愛する時』とする者も少なくないはず このパーシー スレッジの録音はフェイムじゃなくてクインヴィースタジオ(現ブロードウェイ) オーナーはクィン アイヴィー

ワタシのようなロック世代にはマッスルショールズサウンドスタジオでの録音こそが「マッスル」となるわけで フェイムギャングから独立した四人衆がオーナーのスタジオ

下のストーンズ話じゃないが
70年代に入ると俄然マッスルサウンドスタジオが注目され フェイムは落ち目
いやリックホールとしてはもくろみ通りだったかもしれない 
白人で ナッシュヴィルで音楽活動していたというホールにとっては
「南部」や「スワンプ」などはありがた迷惑 とりあえずウェクスラーに好きにやらせていたら人気が出たからヨシとしていたように思える
ガタガタうるさい四人衆ともどもウェクスも出て行った(新スタジオを作った)から ある意味せいせいしていたのかも…
時間も関係なく騒ぐ/スタジオを汚す…そんな「ロック勢」はこっちから願い下げとか それは新スタジオで一手に引き受けてくれという気分ではなかったか

フェイムはその後も地道に続けていたわけだし
オズモンズの "one bad apple" "Yo-yo" などヒットもあった あのカルピス坊やのオズモンド兄弟/モルモン教徒らしい清廉潔白さは 実にホールの好みなんじゃないのか
ポール アンカの録音もフェイムであった と書けばリック ホールの立ち位置は見えてこようというもの


posted by Denny_O at 08:07| Comment(0) | TrackBack(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月02日

Sigma sound / Muscle Shoals sound


フィリーソウルの時代とはいつだったか 自分のなかではまさにリアルタイムだった物と感じているし 好きだったネェ
73〜78年ぐらいが全盛であったか
大義ならば60年代の『ツイスト』から… dance craze なカメオ/パークウェイのフィリーからも含めてだろうが やはりフィリーソウルといえばギャンブル/ハフ組とトム ベル そしてシグマ録音 と
60年代フィリーも遡って DDシャープ/オーロンズ/タイムズ/ドヴェルズ/レン ベリー…好きなアーティストは数多い ギャンブルとハフとベルにとっては修業時代か 
とりわけ好きなのは ジェリー ロスとケニー ギャンブルの共作 "The 81" 
キャンディ&キッシーズ この一発ヒットのみが惜しいガールグループ

フィリーはいまでも不思議な思いがある
シグマのバックメンツMFSBを始めとして スタッフからパフォーマまでほぼオールブラックだったのに ワタシの苦手の sweatyなブラックネスが皆無 非常にソフィスティケイトされたサウンドであったこと
(それゆえに世界規模で成功したとも言えるか モータウン同様の「白人マーケット」への意識…とも思えないが)
MFSBによる "TSOP" /the sound of philadelphia が『ソウルトレイン』のテーマになったのも あの sweat black の総本山のような番組とどこかそぐわなく思ったモンだったが…


とにかくフィリーといえば『弦』でしょ 流麗なストリングズなくしてフィリー語れず 弦好きのワタシにはたまらんかったワ
バリー ホワイト好きもこれかな gene page のストリングズ 弦が書けるというクラシックの素養がまずソフィスティケイトの第一歩かも)

ギャンブル/ハフも良かったがワタシはどちらかといえばトム ベル派 なかでもスピナーズが一番



Drells_3rd.jpg

この盤 ドレルズ3枚目だが オリジナルの12曲は
ギャンブル/ハフ プロデュースのシグマ録音10曲+地元ヒューストン録音2曲の構成であった
そこへ UK Rhino は15曲を… 
まずシングルオンリーだった11曲(4曲シグマ/7曲マッスル)
それと未発表4曲(シグマ3/マッスル1)をボートラ追加
アナログならば二枚組のボリューム 「てんこ盛り」の大盤振る舞いはUKソウルフリークの矜持なのか

「マッスル」8曲は FAME studio ではなく Muscle Shoals Sound Studios 録り

シグマ録りは68年末から翌年末までの一年間
ギャンブル/ハフは PIR (philladelphia international records) を興す前の まだまだ請負仕事をしていた頃というのに やっぱり「弦」は…

マッスルでの弦といえば マッスルスタジオは弦録りができる広さがないこともあったろう ほとんどがマイアミのクライテリア録りだった そのアレンジは Mike Lewis が一手に請け負っていた
ルイスもいいアレンジャーだが まずマッスルで完パケ録音を済ませた上での「外注」先 “これに弦を乗せておいてヨ”という流れで仕事を受けていたルイスという感じがする

この マッスルとシグマが混在した盤を聴いてみて特に感じたが
シグマとは フィリーサウンドとは 制作の途中…もっといえばハナから
「弦をどう鳴らすか」ということを考えていたのでは
弦の重要度が違うんだな 他の録音とは

とはいえ マッスルがダメなのかといえばそんなことはなく
朴訥な南部風味が魅力

それにしても 黒人中心のフィリーよりも白人ばかりのマッスルのほうが
ソフィスティケイトから遠い音というのも意外な事実
(たんに 都会とド田舎の違い?)
ライナーによれば アーチー ベルはマッスルのスタジオへ入るなり
「ここは俺の来るべき場所じゃないぜ〜」と 白い顔ばかりに唖然としたとか

そんなマッスルでの録音にいたる経緯というのは…
黒人SSW (Prince) Phillip Mitchell はこの頃マッスルをベースに活動
特にソングライターとしてマッスル「座付き」となっていた
なかでメル&ティム "starting all over again" は大ヒット
そのミッチェルとアーチー ベルが実は旧知の仲 それが理由らしい

アトランティックから3枚目を出した後
シグマから離れてマッスル録音の4枚目を考えて事は進んでいたようにみえる
ここに収録のLP3枚目後のシングルが ほぼマッスルでのテイクだったことを考えると アルバム録音は終わっていたのだろう が その発売は拒否された…仕方なくシングルで「ばら売り」になってしまったという背景なんじゃなかろうか
都合8曲ものマッスルレコーディングがここに収録されているのだから

ミッチェルの書いたナンバーは3曲 ミッチェル同様にマッスル座付きだった George Soule (& Terry Woodford) の曲もあり
プロデュースは Brad Shapiro & Dave Crawford 
シャピロは マッスルカーカイヴで何度も書いているが プロデューサーとしてはウェクスラーに次いでマッスルをヒイキにした人物 
最も知られるのはミリー ジャクソン盤だが それ以外でもウィルソン ピケットはじめ ベッキー ホッブズ/アンディ フレイザー(元 Free!)など白人のマッスル録音も手がけている


マッスル録音のなかでイチ押しは未発表の中の1曲 "Paches"
この名曲 黒人音楽ファンのみならずチャートフリークも覚えているかも
アラバマの かなりディープなサザンシンガー クラレンス カーターの大ヒットだった 70年にブラックのみならずポップチャートでも4位まで上がったミリオンシングル
ちょうど個人的にはチャート入れ込みが始まった頃ゆえ 最初に好きになった黒人ヒットのひとつがこれだった
なんとも滋味溢れるミディアムで ある意味最初にふれたマッスル録音だったかもしれない(いやオズモンズ "one bad apple" が先か?)

後に調べると この曲は作が これまたワタシの大好きな chairmen of the board のジェネラル ジョンソンだった
同70年のチェアメン シングル "everything's Tuesday" のB面が初出
そしてそれをすぐさまカバーしたのが実はドレルズであったとライナーにはある
しかしそのテイクはお蔵入り
その録音の直後にマッスルで録音(FAME work) していたカーターも採り上げたということで カーターにとってメモラブルなミリオンヒットは ドレルズあってこそだったという次第

で そのテイクは… チェアメンのオリジナルはもちろん良し 盲目カーターも素晴らしい 
が ドレルズも負けていない マッスル四人衆が最高のバッキングで盛り上げている

ドレルズのマッスルセッションは70年6月とある
ということは Muscle Shoals Sound Studios にとってこれも初期録音の部類
シャピロのマッスル録音がかなり早い時期からだったのも意外であった


http://youtu.be/IvfsfS6NVUc clarence carter
 
http://youtu.be/QPy2YGm0mQ8 chairmen of the board


posted by Denny_O at 13:48| Comment(0) | TrackBack(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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