
引っ越しを、生まれてこの方十数度。余分な物はどんどんと処分する癖がついた。レコードも今まで買ったうちの半分は処分しただろう。もうひとつ場所取りな書籍・雑誌は、仕事関係を除いて一切合切処分。
それでもこの2冊はなぜか捨てられないまま今日まで来てしまった…ということは一生持ち続けそう。
「新譜ジャーナル特集/フォーククルセダーズのすべて」(昭和44年/自由国民社)
「ミュージックジャック/RCサクセションのすべて」(昭和48年/アロー出版)
洋盤のハジレコは、ビージーズあたりだったか…はっきりしないけれど和物の最初はハッキリしてます、今も持っているフォークルの【紀元二千年】。好きだったワケです、加藤和彦が。なので驚いたねぇ。sudden death...
[日本の幸福]、それとやっぱり[オーブル街]かな…とにかく素晴らしいメロディと思った曲。メロディへの偏愛はここらから始まったような気持ち。最初に琴線に触れたメロディメイカーが加藤和彦であった。
ソロもミカ・バンドも大好きでした。[不思議な日][もしも、もしも、もしも][アーサー博士の人力ヒコーキ]あたり、ほんと好きだったワ。ただ[ぼくのおもちゃ箱]、当時は琴線触れまくり楽曲であったのが、後になってジミー・ウェブの[ウィチタ・ラインマン]を聴いた時にはちょっと驚いたけどね。
ミカバンド期[オーロラガール]、[T Rex/Ride a white swan]だがまあこれはヴィスコンティへのオマージュとしておこう。
先月号かな、ドラムマガジンにつのヒロのインタビュー。新宿育ちの都会人のヒロなのに加藤和彦には相当影響された、というより目標にしていたほどであったと読んだときにはちょっと意外な感じでした。
いかにもトノバンという業界話のいくつかを酒の席で聞いたことがあるんだけれど、それはまた今度…。
ところでミカバンドは日本では加藤のハイブローな「洒落」が通じなかったようで当時は受けは今ひとつ(後には、クリス・トーマス制作ということもあってそれなりな評価に変わったが)。当時は、英国で大成功≠艪ヲの逆輸入という「惹句」で売ろうとしておりましたね。実際に英国でどこまで認知されたのかは分からないけれど、確かにあの Harvest からレコが出たのは快挙。
ミカバンドは【黒船】black ship ばかりが取りざたされるが、前にも書いたがワタシャこの盤はいま三つぐらい、ミカバンドはファーストで first and last なのだ、の想いが今も変わらず(lost album となった【駅前旅館】はどうだったのだろう、興味はある)。
ファーストの英 Harvest 盤が欲しい(日本盤に付いていたボーナスシングルは無し?)。たしかジャケが日本と内外が逆(gatefold)。日本のそれ、アロハのプリントパターンの大写しは面白くない。内ジャケ(つまりは英盤の表ジャケ)のド<|ップなメンツフォトこそがミカバンドの面目躍如。ワークショップ・ムーの最高傑作はこれでしょう。
実際、当時加藤和彦は「この写真があったからこそ英国で受け入れられた、注目された」とムーに謝辞を送ってた…。

