2014年11月24日

クライテリア録音

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#157
【Jimmy Ruffin/Sunrise】
produced by Robin Gibb & Blue Weaver
( '80 RSO)
<★:★★>


只今ツイッタに Pete Carr archives を連載中なんだが、そのからみでピートの参加盤を1枚みつけた。これはマッスルショールズはまったく関係無く、ピートの地元フロリダでの仕事。盤は80年録音、同時期にピートは、バリー・ギブの仕切りによるバーブラ・ストライザンドLP【Guilty】に参加していた。これはフロリダ/クライテリア録音で、そのからみというか連続して参加したということと思える。
ディスコヒットで大当たりしたザ・ビージーズはギブ三兄弟だが、そのブレイクが一段落した80年頃、たぶんクライテリア・スタジオをギブ三兄弟が買い取った_そのオーナーはビージーズであったはず。
ここで紹介するのはバリーの弟ロビン・ギブ(&ブルー・ウィーヴァー)プロデュースによるジミー・ラフィン盤。

ジミー・ラフィン。全盛時テンプスのリード・シンガーだった弟デヴィッド・ラフィンに知名度は劣るとはいえ、同じモータウンに所属した中堅シンガー。何といっても66年の名曲 "What becomes of the broken hearted" 、ジミー・ラフィンといえばこれ。いまウィキったら、驚いた_先週 11月17日に78才で死去…。
そのジミー、70年代半ばにモータウンを離れたがしばらくは鳴かず飛ばずだった様子。で、逆に飛ぶ鳥を落とす勢いのビージーズのお眼鏡にかなったということかな、このアルバムでカムバック。ここから、十数年ぶりのトップ10ヒットが生まれている。

しかし聴くに…古くからのファンにはそこそこウケたのだろうか、アップ/ミディアム/メローなナンバーをほどよく配したアルバムだが、個人的にはほぼダメだった。メロディに冴えなし。ほぼ全曲をプロデュース・チーム、ロビン&ウィーヴァーが書いているが正直長兄バリーほどには才能無いかも…ロビン。
全体に中途半端な感じ。ディスコでもなくAORというほどの締まりもない。マイアミ録音らしい(いい意味での)軽さも感じられない。
セッションは前年79年にNY録音で4曲/80年にクライテリアにて5曲録り。ピート・カーは後者5曲に参加だが、ソロらしいプレイはなく地味に弾いているので、これまた採り上げ所がない仕上がりでしかない。
1曲がデュエット_相手はマーシー・レヴィ。クラプトン・バンドのシンガーだったマーシー。そのバンドからジョージ・テリーも参加し、他にもチョコレート・ペリーやジョー・ララ、チャック・カークパトリックなどフロリダ南部サウンドの雄も参加しているがサザーンな滋味≠ヘ皆無。ピートも含めて皆「お仕事に徹している」。

フロリダ・ミュージシャンも参加だが、メインのリズム隊はビージーズのお抱えバンド。ご存じだろうか、ピーク時のビージーズを支えた三人組で、録音・ステージ両面で常に三兄弟をバックアップしていたバンド。
実はいまネチって意外な事を知ったので追記する。その三人とは Blue Weaver / Alan Kendall / Dennis Bryon だが皆英国人だった。ビージーズ兄弟も英国人だから分からなくもないか…。
うちウィーヴァーとブライオンの二人は元 Amen Corner 〜 Fair Weather 。アンディ・フェアウェザー・ロウと行動をともにしていたミュージシャンだった。ビージーズの英国活動期から対バンで知り合い…そんな関係か。

蛇足:裏ジャケに写るスペイン風の家だが、クラプトン盤「461オーシャン」のあの家の側面_横から…じゃないだろうか?

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posted by Denny_O at 16:19| Comment(0) | TrackBack(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

同名異人


ああ、こうして書きながらも(キーをウチながらも)イライラするし情けなくもなってくる。なんでこんなことをわたしゃ書かにゃらならぬのか_いやいや、誰に急かされたわけでもなし、好きで書いてる?…兎も角もほんと重箱の隅っこのど〜でもいいネタ。

カーペンターズが全米16位まで上げた曲で "touch me when we're dancing" がある…ンだそうな、聴いてもワタシは知らなかったが。で、それはカヴァー。オリジナルがバマ。オバマじゃない、Bama、バンド名だ。このバンドも知らなかったが。
ネチれば(ひんぱんに使っているが「Net Checkする」=ネチる_としてる)、アラバマ州はマッスルショールズのバンドという…なので書いているワケ。
79年に same title 盤『Bama』を Free Flight Records から出している。その前年のシングルが「タッチ・ミー」でLPにも収録。
バマとは州名アラバマのバマだよな、たぶん。その曲はカーペンターズの後にカントリーバンド「アラバマ」もカヴァーヒットさせてるそうな。バマ・カヴァーのアラバマ。

バマは、マッスルショールズのスタジオミュージシャンのセッション・ユニット三人組とある。Terry Skinner / J. L. Wallace / Kenny Bell 。
ワタシはマッスル産のレコはかなりdigってるつもりだがテリー・スキナーという名前はまったく記憶にない。ケニー・ベルは逆にありあり。ケニー/ケン/ケネスの表記だが、この人はかなりの数のレコでギターを弾いている。なので充分「マッスルショールズ・ギタリスト」と呼んでいいはずだが、世間ではピート・カー以上に知名度なさそう。
でもって残りのジェイ・エル・ウォレス。マッスル盤で二、三度出てきた名前。…ジェリー・ウォレス、だったのでワタシは「マンダム/男の世界」のシンガーと勘違いしていたというだけの話。

もうひとつのマッスル勘違い(?…かどうか)。ピート・カーのソロ盤とドニー・フリッツ「prone to lean」、2枚に出てきた名前が Jerry McGee。あのマギーと…デラボニ・ファミリーにしてベンチャーズな、あのジェリー・マギーと思っていたンだが、実はマッスル・ショールズに Jerry McGee というギタリストがいることを知った。プロのギタリスト。さてこれはワタシの勘違いであったかどうか…これがまた悩む。
フリッツ盤にはビリー・スワンの名や、クリス・クリストファースンも。ベンチャーズ・マギーは当時クリス&リタ・クーリッジ盤に、フリッツやスワンとともに参加していた。それに「prone to lean」を聴くかぎり、ワタシにはそのギターのリード・パートはピート・カーと(ベンチャーズ)マギーと思える。
しかしピート・カーと(マッスル)マギーはかなり古くからの仲間らしい。ちなみに
(ベンチャーズ)マギーは本名 Gerald McGee なので Gerry McGee が正しいが Jerry McGee と表記されるほうが多い_本人はまったく気にしてない様子。
(一度だけ、来日時に会えそうな機会があったが missing _フリッツ盤への参加については是非聞きたかったんだが)

なにが言いたいかといえば、「同名異人」はよくいるな…というだけ。




posted by Denny_O at 09:40| Comment(0) | TrackBack(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月23日

instrument muscle


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#156
【Herbie Mann/Muscle Shoals Nitty Gritty】
produced by Tom Dowd
( '70 Embryo)
<ー:★★★>


マッスルスタジオ、69年4月にオープン。こけら落としはシェール盤(#150)らしく、他にはボズ・スキャッグズ/ルル/R. B. Greaves 等々、それにシングル・オンリー…などが初年度69年盤。
中で、これもその1枚_昔から分かってはいたがスルーしていた盤。
まず苦手なジャズ系であるし、フルートのインストでしょう…まったく聴く気はなかった。が、ふとUTにその収録曲を見つけて、聴いたらこれがすごくイイじゃん!
CD、廉価だし買ってみました。
69年12月9/10日_たった二日で6曲録音完了。ストーンズが2〜4日で3曲録音した直後。マッスル四人衆にヒントンのバック、そこにマン自身のバンド・メンバーも参加。ブラスはメンフィス・ホーンズ。
ファースト/スロー、陽気なナンバー…バラエティに富んだ全6曲は、当然すべてインストでマンのフルートとヴィブラフォンがメロディアスに絡み合う。

悪くはない_が、聴き物はUTで聴けた1曲目のタイトルトラックであったな。これ、何がいいと言って、抜群なのはフッド=ホーキンスのリズム隊。素晴らしいノリ…まさに Groovy 。ホーキンスはこの初期ではまだ音が硬く、乗ってくるのは2〜3年経ってからと思っていたが、あにはからんや、69年録音でも抜群であるヨ。まあこの1曲だけでも充分価値あり、としておこう。




posted by Denny_O at 14:15| Comment(0) | TrackBack(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月19日

Linda in Muscle 2

1407linda in Muscle1.jpg

愛しきリンダ様、体調はいかがでしょう…


リンダ・ロンスタットのマッスルショールズ録音は過去1曲しか確認できていなかったが、まさかにそれだけはないだろうと書いた。
http://whink.seesaa.net/article/274212240.html


http://www.youtube.com/watch?v=Za4mzQ3EqvU
She's A Very Lovely Woman

1407linda in Muscle2.jpg


どうやら、シングルオンリーだったこの曲も同時録音であった様子。
フッドの撮った写真キャプでは<a very lovely lady>とあるがこれはミスでしょう。
エミット・ローズの曲か。
この曲、昔からUTにアップがあって、それではイーグルスがバックについてのライヴ映像だったが。 リンダらしいマイナー曲ではあるが、大仰なオーケストラといいマッスルらしさはかけらも無し。んん? もしや<a very lovely lady>という別曲があったりして。 そりゃないワな。



posted by Denny_O at 11:53| Comment(0) | TrackBack(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月07日

Billboard AD


1405muscleAD2.jpg

これは Billboard 誌に載せたマッスルの広告
イラストの 左帯は「マッスルリズム隊がバックについた楽曲」ということ_四人衆(全員もしくは数人)がバックトラックにからんだ曲だから マッスル(ショールズサウンド)スタジオだけでなくフェイムもクィンヴィも含まれている
右帯は Muscle Shoals Sound Publishing 管理楽曲を歌ったシンガー一覧
この版権管理会社については既述_その代表には Clayton Ivey とともに Wishbone Recording Studio を経営していた Terry Woodford が就いていたらしい
そしてイラスト下の列記はマッスルスタジオでの録音組
その名からすると 前に入れた70年11月の地元紙とほぼ同じなので同時期 つまりこのビルボード掲載も70年暮れ〜71年春先であろうな
ようするに Pete Carr 不在のマッスル初期録音時代


1405muscleAD1_72-5-13.jpg

続いてこちらもビルボード広告だが日時は72-5-13
そろそろピートも参加だしエンジニアもマーリン グリーンから Jerry Masters & Steve Melton に変わった頃_全盛時に向けて陣容が整ったころだな
大きくスペースを左右に取り合うのが Fame Studio と Muscle Shoals Sound Studio  ここでフェイムのほうは何より大きく「RICK HALL」と出すところがさすがにリック ホールですわな^^ あたかも{マッスルショールズの仕切りはオレ様だ}と云わんばかり_かなり四人衆に対抗意識高かっただろう_その下の "home of the original muscle shoals sound" の文字!
ただしフェイムでの楽曲がオズモンズやクラレンス カーターなど_ポップス&ソウルなのは 方やマッスルスタジオのほうにストーンズ/ジョー コッカー/リオン ラッセルなどロッキンな名前があるのと比べるに どうも弱いというか分が悪い(と感じるのはワタシがロッキン支持だからだけ?)
しかしここで "sweet and innocent" までもフェイム録音であったことは知らなかった_これは 日本では「カルピス坊や」だったか オズモンド兄弟の末っ子ダニー オズモンドのソロヒットだった ネチるにこの曲は Rick Hall and Billy Sherrill 作 リック ホールが書いた曲だったか それも50年代のロイ オービソンのシングルB面曲だったとは. ちなみにビルボードでは最高7位曲で それを "No. 1" 言い張るホールのハッタリに座布団1枚
上記のテリー ウッドフォード&クレイトン アイヴィの Wishbone は1行のみでその下はまだ Quin Ivy が大将であった頃のクィンヴィスタジオ広告(後にオーナーが変わって Broadway Studio に)
ここはなにより "all the great hits of Percy Sledge" _これが売りでしたな
ここにあるフレディ ノースやZZヒル/スワンプ ドッグのアルバムすべてで Pete Carr はギターを弾いている
最下段は その他もろもろのスタジオという次第




posted by Denny_O at 13:07| Comment(2) | TrackBack(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月24日

アーカイヴに_バンド盤はオミット


Canned Heat といえば…
73年のLP【one more river to cross】
これはマッスル録音盤なんだがね
produced by Roger Hawkins & Barry Beckett

マッスル追いかけのワタシだけれど
「この手」は箸休め盤_この手とはバンド盤 
重要視していない 
やはりマッスル録音の真骨頂はバックメンツの妙_
スタジオミュージシャンとのセッションのクオリティが
問われる なのでバンドメンバーのみでの録音となると
別にマッスルじゃなくてもいいじゃん_と.
過去には オーリアンズ(first) やアメイジングリズムエイシズ
レナードスキナードなど何枚か採り上げたが やはり
マッスル妙味は皆無
ストーンズの録音もあったな_wild horses/brown sugar+1

ちょっと違ったのは
Bob Seger and the Silver Bullet Band
ボブ シーガーという人はバレットバンドを率いる前 ソロから
マッスルをひいきにした_白人では一番マッスル録音が多い人で
バンド名義盤になってからも そのバンドとのデトロイト録音と
単身マッスルへやってきての録音を アルバム毎に半々で入れていた
それほどにマッスルひいき(マッスルリズム隊に全幅の信頼を
寄せていたのだろう) なかには バンド名義なのに
マッスル録音のほうが多いという盤もあったほどのマッスル男 

++++++

【blackfoot /no reservations】
https://www.youtube.com/watch?v=dfGHDh4jFqM
Produced by Jimmy Johnson and David Hood

この75年盤は ヒート盤がホーキンス/ベケットなのに対して
ジョンソン/フッドによるマッスル録音
で これもバンド盤なのでオミットなんだな
聴くとおりに 小粒のレナードスキナード
それもそのはずで 率いたのはスキナードのオリジナルドラマー
だったかな?_ Ricky Medlocke

++++++++


1405cannedheat_muscle.jpg

追記:ヒートの【one more river to cross】は
ジャケイラストがワタシの好きな Drew Struzan なんだが
これはちょっとなぁ…(↓のスターシップ項参照:この
盤のデザインも Pacific Eye & Ear)

なお収録うちこの曲のみは
ホーキンスの素晴らしいドラミングがマッスル録音
を証明していてグッド! with Muscle Shoals Horns
https://www.youtube.com/watch?v=joIoVEbcvYI




posted by Denny_O at 06:52| Comment(0) | TrackBack(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月16日

small studios in Muscle


http://youtu.be/U9Qk6DpXCkk
早口で ざば〜っとマッスルヒストリーをまとめているビデオ
しかし真ん中のところに 興味深いショットがあった
Wishbone recording studio / Music Mill Studios
Widget Sound / Broadway sound studio
ウィジェットのみ写真がないが それはこのブログの
マッスル頁のなかに入れてある

すべて「マッスルショールズにある/あったスタジオ」なんだが
フェイムとマッスルショールズサウンドスタジオの2トップの
影に隠れた小さめスタジオということ_まあ興味持つ者は
ごくごく少数ですな
(「マッスルショールズ地区」ではないスタジオもあるので
 正確に言えばコルバート郡 (county) なんだが さて 地元の人らは
どの地域までを「マッスルショールズ」と呼んでいるのだろうか
まあ今となれば「マッスルショールズ」は 大きなブランド≠セから
川向こうのフローレンスすらも含めていたりして…)


なかで ブロードウェイは 旧 Quinvy Studio
クィン アイヴィが「男が女を愛する時」を録ったスタジオ

ウィジェットのアドレスは 3804 N Jackson Highway
マッスルスタジオ(3614 N Jackson Highway)とは
同じ道沿いでたぶん300メートルぐらいしか離れてないね





posted by Denny_O at 11:27| Comment(0) | TrackBack(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月29日

Cliff in Muscle


マッスル四人衆が よりによってそのスタジオを
"Muscle Shoals Sound Studios" などと名付けたもんで
「マッスルショールズ」とか「マッスルサウンド」という時に
非常にややこしいことになって困りモノ_と何度も書いた

http://bit.ly/1rgMtAR
ここで その由来判明
リック ホールの FAME studios から独立してあらたなスタジオを
始めた四人衆だが それは「暖簾分け」といった友好的なものでなく
ほぼケンカ別れ_ホールには相当毒づかれたようだ「お前らだけで
成功するわけない」と
そこで あえて"Muscle Shoals Sound Studios" としたのは
ホールへ当てつけ_だったわけね
「これからは『マッスルサウンド』はオレらが仕切る」という
意味もあっただろう

前に記したように
3614 Jackson Highway は「マッスルじゃない」から.
ここら辺はアラバマ州コルバート郡で その中に
Muscle Shoals / Tuscumbia / Sheffield などの「地区」に分かれる
フェイムスタジオはマッスルショールズのど真ん中に位置するが
マッスルショールズサウンドスタジオはシェフィールドのほう
それでも あえてホールへの敵対心(?)からその命名と
あいなった次第
ちなみに ジャクソンハイウェイでもないからね
ここは "North" Jackson Higway が正式ストリート名
ただのジャクソンハイウェイはもっと南に存在する

++++

ジミー クリフに関する記述もある
驚いたのは "the harder they come" もマッスル録音であった事実
"sitting in limbo" はクリフの…というより_アイランドレーベルに
とって初のマッスル録音であろうLP『another cycle』に
収録ゆえ分かっていたが
"the harder they come"
"you can't get if you really want"
"many rivers to cross"
も同時セッションで録られていた_それがあの同名サントラ盤に
後に収録であったらしい

ボブ マーリー楽曲とともに 世界にレゲエが発信された
最初期の超有名曲_それらがキングストンではなく
アメリカ南部アラバマ州で録音されていたとは.
ギターはヒントンでなく Tippy Armstrong
ティピーをレゲエギターのパイオニアのような記載はちょいと
仲間うちで盛りすぎだが マッスルスタジオとレゲエの関係は
要チェック_やはりそのポイントは なぜクリス ブラックウェルが
マッスルに肩入れしたかなんだが…






posted by Denny_O at 18:27| Comment(0) | TrackBack(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月17日

Frorence Times 70-11-22


http://bit.ly/Rr8PmM

さすがにwebには面白いモンがあるなと思ったのはこれ
アラバマ州北西部のローカル新聞をスキャンしたもの
FAME の F だよフローレンス
Frorence Times 70年11月22日付
そこにマッスルショールズ音楽事情があった

この記事では FAME gang から独立して 
Muscle Shoals Sound Studios をまず立ち上げたのは
ジミー ジョンソン/ロジャー ホーキンスだったとある
そこに加わったのはベケット/フッド_エディ ヒントン
マーリン グリーン
それにしても ここでもつくづく思うのは
スタジオネーミングの悪さ Muscle Shoals Sound という
のが何を指すか 分かりにくくていけないヨ

69年4月にスタジオは始まったとあるが
以下の名前が録音したとある_新聞日付けをみれば
1年半でこんなにか!(まあアルバムでなくシングル
only もあったろうけどね)
johnny taylor, sonny and cher, herbie mann,
sam & dave, solomon burke, carla thomas,
ruby winters, arthur conley, mavis staples, william bell,
tamiko jones, american eagles, paul davis, paul kelly,
dorothy morrison, linda ronstadt, ronnie hawkins,
doug kershaw, toni wine, odetta, archie bell & drells,
joe tex, eddie floyd, king curtis, david porter,
phillip mitchell, paul thompson, sweet inspirations,
john hammond, percy sledge, wilson pickett, don nix,
emotions, brenda patterson ....

いやいやちょい待てヨと_その名前が録音したのは
もっと後だったんじゃないの??_リンダ/ドレルズ/
パーシー/ピケット/ニックス等々 
(これって FAME も混ざってないだろうか)

トニ ワインが単独で入っているのに驚くねぇ
tin pan alley のソングライター/シンガーであったトニは
そろそろトニー オーランドと Dawn の「仕込み」に
入った時期と思うんだがソロ録音 それもマッスルという
音源は存在するかなぁ

この時期の録音の代表として揚げているナンバーが
Katie Love / it hurts so good
わたしゃちっとも知りませんでした
けど このスロー : phillip mitchell 作 イイねぇ…





+++++++++

写真_16チャンネルの「卓」がアラバマ州ではお初と
あるが これもマッスルスタジオ/フェイムスタジオ…
どっちのこっちゃ?
マーリン グリーンは 確かにマッスルスタジオでの
初期録音でエンジニアを勤めていたが 実労は2年も
やってないだろう_メインエンジニアとなったのは
ジェリー マスターズ/スティーヴ メルトンです_なんつっても





posted by Denny_O at 21:27| Comment(0) | TrackBack(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

マッスル楽曲


下にも書いた「マッスル楽曲」_その意味するところは
マッスルショールズに拠点をおく(おいた)ソングライターに
よる楽曲であること なおかつ著作管理が
Muscle Shoals Sound Publishing であった曲…
と(勝手に)規定している
George Jackson / Phillip Mitchell / George Soule /
Terry Woodford... らがメインライター
それと ダン ペン/スプーナーら_ Fame Publishing Co. 管理の
フェイム組ライターもヨシとしております

ボブ シーガーでヒットしたこの曲など典型的なマッスル曲
"old time rock'n roll"
by george jackson/tom earl jones

ジョージ ジャクソンが Jackson 5 のために書いたが
オズモンズへ回って大ヒットしたFAME recording のこれなんかも. 
"one bad apple"






posted by Denny_O at 08:45| Comment(0) | TrackBack(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月16日

muscle_1/3PPM


1404peteryarrowHard.jpg


#155
Peter Yarrow/Hard Times
produced by Barry Beckett and Peter Yarrow
( '75 Warner Bros.)
<ー:★>


ピーター ヤロウ盤である あのPPM=ピーター ポール&マリーの
ピーター氏である この人が なぜかマッスルにご執心であった
ソロになって 2・3・4枚目が続けてmuscle shoals sound studios録音
…のみならず 息の掛かった女性シンガー盤 (#075) もマッスルで
録音させている
2枚目(#109) と4枚目 (#074) の間_これは3枚目

なにをもってそれほどマッスルに入れ込んだのか
正直 困ってしまう_なにしろ そのノホホン声は
歌い出すと途端にそこはNYフォーク シーン≠ヨと変わってしまう
どのレコもマッスル四人衆による鉄壁なバックのはずが…
まったくアラバマ録音の意味はない イントロがよくても
歌になると あら不思議にニューヨーク
前も書いたが ポール サイモンへの対抗心?
レゲェ楽曲で成功しマッスル録音で成功したサイモンに対し
思うところがあったのかもしれない

気持の空回りと言うか…ここではフィリップ ミッチェル作の
マッスル楽曲 "carry me" や "sittin' in limbo" (この曲はレゲェシンガー
ジミー クリフの代表曲だがオリジナルは71年にマッスルで録音)を
採り上げている_ある意味凄いかも…
とくに "carry me"  72年に やはりマッスルで録音された
メル&ティム盤【starting all over again】(#033 こちらは名盤!)で
歌われた曲 そこでもマッスル四人衆(&ピート カー)がバック
サザンマナーで聴かせてくれた名曲が この盤では同じバックでも
「フォークソング」になっているのだから. 驚いちゃうヨ

全曲バックはマッスル四人衆
lead guitar だが 同年盤だった4枚目が Pete Carr に対し
この3枚目は Ken Bell and Eddie Hinton となっている
しかしエレキでのリードらしいプレイはまったくない
ヒントンの期待も空振り

++++

裏ジャケのフォト:L→Rで
jerry masters/steve melton (ともにマッスル エンジニア)
jimmy johnson/barry beckett/roger hawkins/?/david hood
ひとり分からない_ヒントンじゃないな ken bell?

1404swampers.jpg


↓#033/074/075/109↓
Denny's Pete Carr/Muscle Shoals Archives



posted by Denny_O at 14:47| Comment(0) | TrackBack(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月31日

Muscle/Pete 関連盤154枚目


1401frederick_so long.jpg


#154
【Frederick Knight/I've been lonely for so long】
produced by Frederick Knight
( '73 Stax)
< C : ★★★>

前盤_マッスルホーンズ盤とは見事に対照的なレコがこれ
まず録音がマッスルスタジオでなく 四人衆はかかわらず
ピートが参加という好対照
ツッパリ眼鏡°ュ面ジャケで有名なこのレコはサザンソウルファンには
それなりの名盤という評価らしく いままで何度がレコハンで見てきて
価格もそれなりだったのでスルーしていたが
これもユニオンお年玉価格ゆえ購入_それでも四桁¥1080也

これは懐かしきレコ といってもLPとして買うのは初めてだが.
何が懐かしいといってタイトルトラック
一聴ではノベルティ?≠ニ思わせるファルセットヴォーカルのこの曲は
72年に全米27位まで上がるスマッシュヒットだったのだ
R&Bチャートではなく「ポップ100」の方
チャート入れ込み小僧であったワタシの耳に入ってきた初期のブラック≠フ
1曲がこれだった

STAXレーベルからのマッスル録音盤…地元メンフィス/テネシーのスタジオでなく
アラバマ/マッスルで録った盤には ステイプルシンガーズ メル&ティム ルーサー イングラム アルバート キング ジョニー テイラー等々 少なくなく傑作が多い
しかしこのフレデリック盤はメンフィスでもマッスルでもない_正確には
「マッスル盤」でないが ピートカー参加盤ゆえ採り上げる(マッスルホーンズが
参加)
Sound of Birmingham というアラバマ州バーミンガムのスタジオ録り
ピートが Pete Carr でなく Jesse Carr 名義での参加も含めて スワンプドッグ系列とでもいうか かなり「ディープサウス」色の濃い盤

濃いのはいいが正直 曲の出来はいまひとつ
やはり好き嫌いはともかく タイトルトラックが一番キャッチーなメロディ
全11曲うち なぜか4曲がファルセット どちらで行きたかったのか?
地声は若干ルーサー イングラム似なれどさして個性無し
ラストの1曲のみカヴァーで それはダイアナ ロスのスプリームズ時代の
最終ヒット "someday we'll be together" _やはり曲の強さもあるな これが
このアルバムでもベストトラック ただ華麗な Motown sound とは対称的な
サザンサウンドに徹している_タム打ちがいい
タム打ちといえば リズム隊にはワタシはまったく知らない名前が5名もあるが
全編通じて 実に似ているゾ_Hawkins / Hood のマッスルリズム隊に.

クレジットのギターは:lead guitar_Jesse Carr / rhythm guitar_
Jerry Weaver, Jesse Carr
となっている わざわざリードと記しながら それらしいプレイは皆無
カー的にはこれも poor な盤だった


蛇足だが このフレデリック ナイトが 79年の全米1位ディスコヒット_
Anita Ward/ring my bell≠フ作/プロデュースであったことを知ったのは
かなり後の事

*マッスル過去盤は右リンク参照




posted by Denny_O at 09:21| Comment(0) | TrackBack(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月30日

マッスル困った盤


1401muscle horns.jpg

#153
【Muscle Shoals Horns/doin' it to the bone】
( '77 Ariola America)
< - : ★>


誰に言われたわけでもないが 自分に課した「マッスル縛り」ゆえ
こんなレコも買った_diskユニオンの正月割引きで三桁になっていたから手を出したまで 四桁ならば絶対スルー 但しそうそう出てくる盤じゃないかもという意識_若干あった…

で 聴けば…ハナから期待は無かったマッスルホーンズ盤なんだよなぁ〜
どうにか我慢しながら一度聴き終えたが
二度と聴かずに捨てる気がする…そんなダメ盤だぁこりゃ

produced by Barry Beckett
players: roger hawkins, roger clark, bob wray, david hood,
tom roady, tim henson, ken bell, larry byrom, barry beckett
Harrison Calloway, Charles Rose, Ronnie Eades, Harvey Thompson
vocals by H. Calloway and the muscle shoals horns
engineered by gregg hamm / steve melton
recorded at Muscle Shoals Sound Studios
string arranged by mike lewis

マッスルA/Bチーム混成_メンツ的には ピート カーがいないとはいえ
ベストであり_彼らが最良アルバムを量産していた1977年盤というのに.

これはあきらかに「市場動向」に目を向けた売れ筋ディスコ盤
しかし正直驚くね あのマッスルメンツがここまで「ディスコが巧い」ことに.
また インスト無しで全て歌曲 それもキャロウェイをメインにして
ホーンズメンバーでコーラスだが これまた上手いンだわ
まあスタジオミュージシャンの底力を見たっつうか…(別に誰もディスコなんか
期待してなかったと思うがヨ)

アルバムのトップが "dance to the music"(スライのカヴァーでなくオリジナル)
それに "keep on playin' that funky music" なんてタイトル曲が収録というだけで
どんな音かは想像つきましょう_そのまんまの音ヨ
ホーンを中心としたディスコということで 例えれば「ちょいとスロー気味の
スペクトラム」

ところでこの盤クレジットでは
Muscle Shoals Horns : Calloway, Eades, Thompson
三人となっているが ワタシ的にはホーンズは
イーズ/ローズ/キャロウェイ/トンプソン_四人であったがね
二人が白人で二人が黒人


PS:マッスルホーンズは過去に1枚採り上げて もう1枚(都合3枚)Bang records 盤があることはわかっているが なにしろ この音…
もうスルーすることに決めた
http://youtu.be/iC0h0gh94JI



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2013年11月25日

muscle snapshot


blackwell_muscle.jpg


movie "Muscle Shoals" からのヒトコマ
センターの俳優みたいなgood lookin' guy.. これ アイランドの総大将
クリス ブラックウェルで 他は swampers 四人衆
左からベケット/ホーキンス/フッド/ジョンソン
スタジオの前の道路を越えてのショットだから ここは墓地の入口

フッドだけやけに痩せた男だった当時…74,5年の写真だろう
しかし現在は 亡きベケットを除いて三人の体型はほぼ変わらなくなった
ホーキンス激太り/フッドも太った/ジョンソンは少し痩せた

それにしても驚くのは映画のなかで
40年以上前のフェイムスタジオのセッション風景がよく残っていること
マッスルに限らず BB映像とかでも とにかく英米では
(ミュージシャン姿なら分かるんだが…)録音風景みたいな裏方仕事も
よく撮っておいたことに感心する
ビデオなんて無い時代だからすべてフィルムでしょ
8ミリだろうが よっぽど撮ることが好きなンだねぇ




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2013年11月23日

muscle - island


ILPS 9159 - Jimmy Cliff: Another Cycle, 1971
ILPS 9160 - Free: Free Live!, 1971
ILPS 9186 - Toots & the Maytals: Funky Kingston, 1972
ILPS 9187 - Jim Capaldi: Oh How We Danced, 1972
ILPS 9198 - Smith-Perkins-Smith: Smith-Perkins-Smith, 1972
ILPS 9209 - Mike Harrison: Smokestack Lightning, 1972
ILPS 9224 - Traffic: Shoot Out at the Fantasy Factory, 1973
ILPS 9238 - Rabbit: Broken Arrows, 1973
ILPS 9241 - The Wailers: Catch a Fire, 1973 (Original flip-top "cigarette lighter" cover credited to "The Wailers", later band photo cover credited to "Bob Marley and The Wailers")
ILPS 9254 - Jim Capaldi: Whale Meat Again, 1974


マッスルといって 気になるのは英国「アイランド」とのからみ
その初っ端はジミー クリフだった様子
[アラバマでレゲェ]_ここもポイント
チェック盤を挙げておくが キーになるのは ウェイラーズ盤でも
リードを弾くウェイン パーキンスの動きかも
ウェインはアラバマと英国を行き来していたのだろうか
ストーンズ盤参加もアイランド仕事があったからだろう


http://www.youtube.com/watch?v=D6ydh3LlkqA&list=PLA46546FD56020B01
http://www.youtube.com/watch?v=HqkUljbhsfg





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2013年09月03日

muscle 定宿


millieJackson_feelinBitchy.jpg


#152
【Millie Jackson/Feelin' Bitchy】
produced by Brad Shapiro
( '77 Spring)
< - : ★★>


声としてはグラディス ナイトとティナ ターナーの間だね この人

なんなんだろう 同じパターンなんだが…大好きなボビー ウォマックと.
ミリーもボビーもほんとに 大のマッスル贔屓とは下に書いたとおり
そしてパターンとは_曲の途中で「語り出す」こと
最初はメロディがあって「歌って」いるんだが途中から ベシャリというか
語りというかラップというか… オレの/アタシの話をよく聞け!と
いわんばかりに メロディなんかどこかへ行ってしまい 延々語りが続く
それでもウォマックのそれはキライじゃないんだな カッコいい〜と思う
けれどもミリーのは なぜかダメなのよ
ミリーの場合は 性愛の喜び/悲しみが爆発しちゃうからかねぇ
とにかく 英語が分からなければ聴いていても「何の意味もねぇ〜」
そう感じてしまうわけ
female black american の sexual power に圧倒されるのみ…なんだ
なので過去すでにこのマッスル アーカイヴで5枚も採り上げたが
1枚のみまあまあ…4枚は「丸出だめ夫」盤としてきた
はいはい 今回もワタシは敗北デス_丸出だめ…でした
(ジャケがやっぱエロですわなぁ…)

マッスル「定宿組」のミリー ジャクソン…
ミリーの場合はプロデューサー Brad Shapiro がひいきだったからだろうが
自身が仕掛けた Facts of Life も含めれば10枚以上がマッスル録音だ

+++++

まず1曲目が10分超で後半がベシャリの独壇場 ここでわたしゃ萎える
その後はまずまずだが 曲があまりよくないのヨ
録音はマッスル/クライテリア/A&R (NY)/United Sound (Chicago)
4箇所表記だが
クライテリア_弦入れ/シカゴ_ホーン入れ/NY_歌入れ で
バックトラックはすべてマッスルだろう
ホーキンスのドラムが相変わらず冴える4人衆バック
リードギターはケニー ベルとラリー バイロム
ピートの不参加が惜しい
ラスト前の1曲_ミディアムでメロディアスな佳曲 これのみの盤かもなあ
ここでバイロムのギターが悪くないが もしピート カーであったならハマっただろう

http://youtu.be/QqLSIbFdDYQ






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2013年08月31日

Pete Carr/Muscle Shoals Archives on blog


#151 Albert King/Lovejoy ー : ★★★
#150 Cher/3614 Jackson Highway  ー : ★★
#149 Clarence Reid/dancin' with nobody but you babe C : ★★★
#148 Batdorf & Rodney/off the shelf ー : ★★★★
#147 Willie Nelson/Phases & Stages  C : ★★
#146 Bob Seger/Back in '72  A : ★★★
#145 Johnnie Taylor/Rated Extraordinaire C : ★★
#144 HOT/strong together  ー : ★
#143 Betty Wright/I love the way you love  C : ★★★
#142 Nicholas Lampe/it happend long ago ー : ★
#141 Russell Smith  : ★★
#140 The Amazing Rhythm Aces ー : ★★
#139 Johnnie Taylor/She's killing me ー : ★★★
#138 Levon Helm B:★★
#137 Tamiko Jones in Muscle Shoals ー:★
#136 Delbert McClinton/The Jealous Kind ー:★★
#135 Swamp Dogg/Cuffed, Collared & Tagged A:★★★★
#134 Mac Davis/Baby don't get hooked on me C:★★★
#133 Candi Staton/Candi C : ★★★★
#132 Luther Ingram ー:★★
#131 Lenny LeBlanc/Say A Prayer ー:ー
#130 Percy Sledge/Percy! ー:★★★★
#129 Hank Williams, Jr. & Friends A:★★
#128 Connie Francis/Where the hits are C:★


参考盤
 Linda Ronstadt/same
 Archie Bell & The Drells _ muscle session 7"
 Sanford & Townsend
 Lynyrd Skynyrd/the complete muscle shoals album
 Supremes/same


http://www.sakatomi.com/petecarr
サイトから引き続き 連番でぽつぽつと足してきたマッスルアーカイヴの
ここまでをまとめる
ABCはピート カーの頑張り度(ー: 不参加盤)で
アルバム内容は五ツ星評価

ピート的にはハンク ジュニア/スワンプ ドッグ/ボブ シーガー…か
ここ8年は五つ星無し_スレッジ/ステイトン/スワンプ ドッグ/
バドルフ&ロドニーの四枚を四つ★としたが
出来の良さならパーシー スレッジ盤が一番かな
バドルフ盤_マッスルらしさは皆無だが曲は抜群

+++++++

70年代に一世を風靡した 「四人衆」_ Barry Beckett _
Jimmy Johnson _ Roger Hawkins _ David Hood
四人共同経営による Muscle Shoals Sound Studios
ここで録音された名盤数多し なれど
複数枚のアルバムを制作したミュージシャンはそれほど多くない
まあこれはマッスルスタジオに限ったことでなく他でも言えること
スタジオには「流行り」があったから
それとミュージシャンサイドとしても「気分転換」として
各地を転戦≠キる派も多かっただろう(対し 馴染みのスタッフに
固執するタイプも)

マッスルの場合 馴染みといえるほどにこの地を何度も訪れたのは
ブラックパフォーマがほとんど
スワンプ ドッグ/ウィルソン ピケット/ルーサー イングラム
ボビー ウォマック/ステイプルズ/ミリー ジャクソン…
白人では
地元ドン ニクスは別として ジム キャパルディ そしてなんといっても
最多登場はボブ シーガーだったが (それぐらい…)







posted by Denny_O at 13:11| Comment(0) | TrackBack(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月27日

#151_guitar King

albertKing_lovejoy.jpg


#151
【Albert King/Lovejoy】
produced by Don Nix
( '71 Stax)
< - : ★★★>

三大キングの一人  blues guitar king で Mr. "flying V"
アルバート先生の71年盤がマッスルであることは知っていたが
いかんせんプロデュースが don nix ということで
腰が引けていた …が ネットDLで聴いてみる

なぜにニクスワークに引くかといえば
http://www.sakatomi.com/petecarr/07.html
jeanie greene/mary called jeanie greene
don nix/in god we trust
don nix/living by the days
marlin greene/tiptoe past the dragon
the alabama state troupers/road show

斯様に
ニクス率いるのは ぶっちゃけ「Mt. Zion 宗教結社」
ほとほと抹香臭くてかなわんのデス
…との杞憂はさほどではなかった
曲こそ全9曲うち7曲までもがニクス作だが
(タイトルからすると やはりジーザスがらみ多し)
録音はマッスルが半分で 残りはハリウッドのLAスワンプ組

のっけがストーンズカヴァー《honky tonk women》
こりゃギターのエド デイヴィスが_旧友?ライ クーダーとは
違った(キース リチャードのギターがライのフレーズままという意)
プレイを聴かせてくれるものと期待したら ただコード弾きのみ
そう この盤はギターキングの録音盤ゆえに 参加ギタリスト/
エド デイヴィスとマッスルのティッピー&パーキンス_は
リードプレイ無し…これが惜しい(ピート カーはニクスの
結社と無関係ゆえ不参加)

ブルージーであったりスワンピィであったりと
中身いろいろだが 曲の粒はいまひとつの感
それでもラストのスローチューンは ニクス&ダン ペン作
日本人に受けそうなサザンマナーですかね

ケルトナーとホーキンスで半々という 個人的には嬉しい
ドラマー競演盤
《going back to luka》という曲(ニクスらしいハレルヤ曲だ)が
もろに《mystery train》なんだが ホーキンスの太鼓は
やっぱり素晴らしい

タイトルトラック《Lovejoy, Ill》とは何のことか…「ラヴジョイ三世」?
なんて思ったら違う これは地名 イリノイの小さな町が Lovejoy

ブルースマスター盤と… 従来のアルバートキングを期待して聴いた
ファンは裏切られたんじゃないだろうか けれど
laid back な歌唱と swampyなギターフレーズ…
エルヴィン ビショップのカプリコーン盤のようで
サザンロックファンには悪くないレコ ただしもう少しギター競演が
欲しかった




posted by Denny_O at 07:07| Comment(0) | TrackBack(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月21日

Muscle #150 early work


cher3614.jpg


#150
【Cher/3614 Jackson Highway】
produced by Wexler_Dowd_Mardin
( '69 Atco/Atlantic)
< - : ★★>

久しぶりに入れるマッスル盤は…
150枚目にして登場 マッスルを代表するシェールのレコ(CD)
やっとこさ買ったヨ聴いたヨ^^

これが アマゾンマケプで¥503(送料込¥843)の低価格new CDは
いいけれど UK Rhino の廉価シリーズ
まあ酷いね! ライノの名が泣く手抜き盤 ジャケの酷さに唖然
子供が複写してももうちょっとピンが合うだろう ボケボケですわ
色の濁りも_汚らしい
それとクレジット詳細/ライナー無し 本当にあのライノの仕事か?

その後に 恒例となったスタジオ前のスナップショットの最初が
このジャケだろうが 写る中には当時はまだ旦那だったか_今は亡き
ソニー ボノも それとダウドに肩を抱かれるのがコーラス隊の
ドナ サッシャー 結婚してドナ ゴッドショーとなった_旦那と二人で
デッドに参加したあのドナですな マッスル育ちでこの地で
ローカル盤シングルも出していたらしい
これは今気づいた_Cher のスペルだが e はちゃんと「é」
フランス語のアクサンテギュになっているんだな
この表記はあったりなかったりするがこのジャケは入れてる

ジャケには ウェクス/ダウド/マーディンと三人プロデューサーが
揃っている 珍しいと言えばかなり珍しい とくにマーディンは
なかなか写真に出ない人

cher_AD.jpg

さてその内容
正直 無理してオリジナルアナログを買わなくてよかった
個人的に思うのは かなり安直な作り=プロダクション
というよりも これは Muscle Shoals Sound Studios の…
第一弾録音盤だっけ? まあ最初期は確かでしょう
ようするに「60年代盤」なわけで つまりは「まだまだ」で
あり 「小手調べ」
選曲がイージーだね ディラン曲以外は Atlantic の持ち曲だろうな
それとマッスルミュージシャンがやりやすい曲を列べたともいえそう
まずはスタジオ開きとして軽くこなしたという印象
ディランをご丁寧に3曲もやってるが これはシェールでなく
ボノの趣味なんじゃないか

なにより「声」が…
シェールの声はどうしてもスペクターがらみというか ハリウッド声で.
バンダナ巻いてearthyに見せてもお里は知れる
最後曲はどういうことだろう これホントにヒントンが書いた?
マーディン得意の流麗なストリングスが全編に流れては
最後の最後で「お里」に戻ってしまった感アリアリ
8曲目もハリウッドで録るべき曲(だが…作はマッスルホーンズの
メンバーだろう)
同様に earthy な雰囲気を全面に出した次作が この盤と違い大ヒット
それはハリウッドで Snuff Garrett プロダクションだったのが印象的

唯一光るのはヒントンのギター頑張り
それと やっぱりホーキンスのドラム…ええなァ

check: Denny's Muscle Archives
<蛇足:クラプトンの【461 ocean boulevard】がクライテリア住所なんて書いてますな_それ間違いでした_いまになれば修正したい箇所がいくつもあるが手つかず 陳謝>


posted by Denny_O at 07:08| Comment(0) | TrackBack(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月21日

#149_マイアミ録音


clarenceReidCD.jpg

#149
Clarence Reid/dancin' with nobody but you babe
produced by Bard Shapiro & Steve Alaimo
( '69 Alston/Atco)
< C : ★★★>

ピート/マッスル盤紹介の149枚目 前#148は2月の Batdorf & Rodney ですヨ
<Cと星>については右ワクの「Muscle Shoals/Pete Carr」リンク参照→


まず驚くのは音のイイ事 2012 ditigal re-mastering とあるけれど… これは今回の日本ワーナーの『R&Bコレクション1000』=100タイトルを¥1000で出した中の1枚 日本独自企画でしょう…すべてのタイトルを日本でマスタリング? いや米ワーナーへの委託かな とにかく 音キレ良しの非常にクリアな音像に(若干キレが良すぎてヴォーカルが浮いて聞こえる) 

クラレンス リード兄サン 悪くない声だがほとんど特徴無し 惹きつけるフックがないなぁ…
それでもオリジナル&カヴァーで 曲が粒揃いなので盤としてはかなり聴けます カーティス メイフィールド曲《I've been trying》はミディアムな佳曲 これ凄くいい感じ(これをルーサー イングラムで聴けたら最高だろうなぁ…と思ったり)
ベストテイクはちょっと不思議な楽曲《don't look too hard》

69年南部録音盤 つねにブラスが寄り添うというかコール&レスポンス的に対応してくるところが時代 それとウィルソン ピケットに通ずるアトランティックソウル色 ギターの音なんかが硬く≠トイナタイ感じ…そこがいいンだね
この時のピート カーはテレキャスター使い それをツインかベースマンにエフェクタ無しで直付けだったと思う 後の柔らかいピート節とはかなり違っていたので ここでのギター三人ではピート パートの聴き分けはできない 曲中でリードが Joey... と呼びかけてギターが入る箇所があるのでメインはこの人かもしれない

アイズリーズ《it's your thing》のリズムトラックそのままに歌われるタイトルチューン B4《get back》 モータウン2曲などのカヴァーはあの当時らしい選曲 B4トラックはオーティスやピケット同様のサザーンアレンジ_リフを強烈に利かせていてカッコいい
《polk salad annie》カヴァーも_メンフィスオリジナルに対してマイアミから返答
スワンプドッグ曲 そして前記の《don't look too hard》はなんとピート カー楽曲(サンドリンと共作)なのでした

タイトルチューンはアイズリーズ《it's your thing》のアンサーソングとライナーにある たしかにバックトラックはそれを踏襲 けれどタイトルは《nobody but me》へのアンサー?


レア盤を音良しCD化していただけたのは嬉しいンだが…ブックレットが
おざなりの「解説文」と歌詞というのは愛がないなぁ ルーティーンワークまま
まず歌詞 いりますか? 誰かこれみて歌うのだろうか(「聴き取り」だろうし)
それよりもオリジナル30cmが縮小されて米粒になっている裏面の表記を…
このパーソネル等表記がなにより大事でしょう これを再記載するのが筋と思う


posted by Denny_O at 06:34| Comment(0) | TrackBack(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月06日

fat johnson



muscleHorns.jpg

下トビ 間違えました
Muscle Shoals Horn Section の四人
Harrison Calloway (trumpet), Harvey Thompson (saxophone, flute),
 Charles Rose (trombone), Ronnie Eades (baritone saxophone)

ハリスン キャロウェイも黒人でしたワ



muscleMember.jpg

左からホーキンス/フッド/ベケット/?/ジョンソン
フッドは細い…他が太すぎか
不明なのは誰だろう…ヒゲはビリー スワンぽくもあるが
それにしては小さいかな どこかで見た記憶はあるが…

billy swan のマッスル盤がなかなか見つからない…







posted by Denny_O at 20:04| Comment(0) | TrackBack(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月03日

muscle recording

追記:イングラム曲録音のうち たぶん…黒人はハーヴェイ トンプソンただひとり
アーチー ベル(ドレルズ)は訪れたマッスルスタジオで 扉を開けるなり「ここはオレの来る場所じゃないゼ〜」とドン引きしたらしい

++++

思えばスタジオ付きのリズム隊=ハウスバンドというのは珍しいわけじゃないが その場合は基本的に自社運営というか そのレーベル所属アーティストのバックが基本でしょう たとえば Hi Records のハイリズムセクションとか Stax/Vault のそれやら
シグマのMFSB にしても基本はFIRのアーティスト録音だったはず

対してマッスルは まずリズム隊がまんまオーナーというのが特殊であったし Atlantic / Island などの録音は確かに多かったが基本は完全にインディペンデント 誰でもウェルカムにして その誰もが何をおいても「Muscle Shoals Rhythm Section」を目当てにアラバマの田舎までやって来たという事実が興味深い
世界中のトップミュージシャンを魅了した魔法のリズム隊であったか
ストーンズ オーリアンズなどはバンドでやってきてリズム隊を使わないという特殊な例(ストーンズはギターにウェイン パーキンスを試したかも)
ボブ シーガーは6〜7枚のアルバムを… かなりマッスル入れ込み派のひとりだったが自身でシルヴァーバレットバンドというバックバンドを有していたのに毎回アルバムの半分でしか彼らを使わず 半分はひとりでマッスル詣で リズム隊がとことん気に入っていたンだろう
ウィンウッドはアラバマから彼らを連れ出した…

細野晴臣がティンパンアレイの理想の形としてマッスルショールズを思っていたというのが(音楽性から)意外とも思ったが リズム隊が主導となってまったくフリーランスに活動するということかと納得できる(日本の業界はそれを認めずに敗退…)

それにしても ピート カー  マッスル録音であれだけ活躍しながらほとんど無視されるのは歯がゆくてならない…と私はいつまで言い続けているんだろう
まぁミュージシャンズ ミュージシャンと思えば腹の虫も納まるか
ポール サイモンはセントラルパーク ライヴへピートを呼び寄せた
トム ダウドはマッスル録音後もロッドのアルバムセッションのロスへ呼び寄せた
《sailing》のすべてのギター/《今夜きめよう》のギターはピートなのだヨ






わかりますかねぇ これぞマッスル録りの典型
ベケットのエレピ/ハモンドのフレーズ 右トラックの地味なギターがジミー ジョンソンで 左トラックのリードがピート カー ホーキンス/フッドのリズム
被るマッスルホーンセクションはイーズ/ローズ/キャロウェイ/トンプソンの四人衆


posted by Denny_O at 07:51| Comment(0) | TrackBack(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月07日

Jesse Willard


Hour-Glass.jpg

Hour-Glass2.jpg


ちょいとおもしろい写真を見つけたので アワーグラス
ニッティグリッティと対バンしたときにそのマネージャ ジョン マキュエンの兄キに声をかけられてその気になったオールマン兄弟が 華のロスへ上京?
NGDBと同じ Liberty からデビューしながらも のちのち「ありゃ〜エラい目に合ったワ」と後悔しきりのバンドですが…
写真のキャプションにはベースが Mabron McKinney になったまま
違いますヨ ここではすでに Pete Carr に変わった第二期 セカンドアルバム発表時メンバー
ドラムが Johnny Sandlin であり ハモンド?は Paul Hornsby 
ピート唯一 バンドらしい活動はこれのみ たぶん1年もやらなかっただろうけど
当時は本名 Jesse Willard Carr 名義で

http://tapeop.com/articles/82/johnny-sandlin/

コアなインタビューはなかなかにおもしろい
そうでしたか サンドリンがこんなに FAME / Muscle と関わっていたとは知らなかったなぁ リック ホールの下にいたなんて

PS:そうか グレッグとジャクソン ブラウンのからみは ここであったな
Liberty 時代… NGDB だね
posted by Denny_O at 10:16| Comment(0) | TrackBack(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月09日

Linda Muscle


マッスル録音に関していままでネットでいろいろと見ているが 中にリンダ ロンシュタットの名前も出てくる
はて? リンダにそんなレコがあっただろうか…と多少気にしつつも今までスルーしていた
最近のこと やっと分かりました ソロ名義になっての3枚目
 72年の【Linda Ronstadt】 同名盤だった 
イーグルス結成のベースとなったアルバムとして知られるこれ 聴いたことなかった 

カントリー色がまだまだ濃いねえ…悪くないが良くもない 
明らかなマッスル音色はエリック カズ作の3曲目 
ラストの "rescue me" は選曲からしてマッスルかと思ったが 
マッスル録音でこのように guitar oriented になることはまずないしライヴだった… 
マッスルカラーが乏しいなと思ってネチれば 結局この1曲のみですかい!
これはどういうことだろう わずか1曲の録音のためにアラバマまで飛ぶだろうか 
アラバマで録ったオケだけを送らせて歌入れはロス? (コーラスが たとえば ローズ/チャーマーズ/ローズなどならマッスルと分かるがここではメリー クレイトンらの声だろう…歌&コーラスの録りがロス臭い)

ストーンズがそうだったように 2〜3日の滞在で
2〜3曲だけ録った可能性もあるか うち1曲の採用と 
マッスル人気に火が着き始めだったのかもしれない 
リンダ本人 もしくはプロデュースのジョン ボイランが…どんなスタジオかちょっと覗きにいってみようヨ(?) 
それだけで飛んできた可能性も…なくはないが 

(蛇足だが ジョン ボイランとテレンス "ブーナ" ボイランが兄弟と 今知った)


Linda Ronstadt - I Won't Be Hangin' Around

ベケットのエレピ 「ドドドドド」と入るホーキンスのスネア(タム?) 
紛れもなくマッスル録音 (ティッピー アームストロングのギターは ピート カーの柔らかさがないがね) 
ボズのマッスル録音 "I'll be long gone" に近い 

posted by Denny_O at 17:11| Comment(0) | TrackBack(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月27日

DJしました


'12-05-25
自由が丘 Bird Song Cafe /DJ "southern all star tracks"
ワタシの playlist は以下デス

 yours love/Freddy North【friend】72
 natural man/Bobby Womack【facts of life】73
 this old heart of mine/Rod Stewart【atlantic crossing】 75
 it's not the spotlight/Kim Carnes【sailin'】76
 johnny too bad /LeBlanc & Carr【midnight light】77
 losin' you/Hank Williams, Jr【Hank & friends】76
 rainy nights/Lenny LeBlanc【Lenny LeBlanc】76
 makin' it to the street/Corky Laing【makin' it to the street】77
 貿易風/加藤和彦【それから先のことは…】73
 snowbound/Wayne Berry【home at last】75
 set job/Gerry Goffin【it ain't exactly entertainment】 73
 short cut draw blood/Jim Capaldi【short cut draw blood】75
 chica boom/The Staples【unlock your mind】78
 patches/Archie Bell & the Drells【CD bonus】70
 let's steal away to the hideaway/Luther Ingram【let's steal away to the hideaway】76

この15曲 ドレルズを除いた14曲すべてが lead guitar by Pete Carr
マッスルショールズ以外の地で録られたのはコーキー レイングとロッドの2曲
このコーキーとは…マウンテン/ウェスト-ブルース&レイングの
この盤 メイコン/ジョージアの capricorn 録音 クラプトン/ディッキー ベッツ/トミー タルトン/ジョージ テリーなど参加 隠れ名盤

ロッド盤はロス/メンフィス/マッスルで音録り
この曲はハイのスタジオ バックは MG's なれどリードはカーが出張りで
リズムギターはクロッパー

The Staples これは Staple Singers のこと
この名義でLPを出していたため探し出すのが骨だった…
Wexler & Beckett プロデュースの好盤

posted by Denny_O at 21:41| Comment(2) | TrackBack(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月03日

Muscle Sound


マッスルに関しての書き込み 読んでいて「?」となることが多々ありましょう
「マッスル録音」とした時のマッスルとは何を指すかということ
場所なのかスタジオなのか…
マッスルスタジオフェイムがごちゃごちゃするはず

いけないのは 四人衆が(もしかしたらウェクスラーが)スタジオ名を
Muscle Shoals Sound Studios としたことだ
これを North Jackson Studio とでも命名していたら…わかりやすかったのに

マッスルショールズは地名 ただ住所表記ではアラバマ州コルバート郡であるらしい マッスルは街の俗称のみ? この界隈の地名はほぼシェフィールドということになる…のか? よくは分からないのだが

前にも記したがこの界隈には マッスルスタジオ/フェイムスタジオ/ウィジェット等々六つ七つのスタジオがあるようだ

「マッスルサウンド」が人によってかなりとらえ方が異なる はず
60年代好きならば ウィルソン ピケット/アリサなど… Atlantic 盤を中心とした FAME studio 録音となるだろう デュアン オールマンの活躍もこっち スタジオのオーナーがリック ホール
ただし「60年代マッスル録音」の白眉を『男が女を愛する時』とする者も少なくないはず このパーシー スレッジの録音はフェイムじゃなくてクインヴィースタジオ(現ブロードウェイ) オーナーはクィン アイヴィー

ワタシのようなロック世代にはマッスルショールズサウンドスタジオでの録音こそが「マッスル」となるわけで フェイムギャングから独立した四人衆がオーナーのスタジオ

下のストーンズ話じゃないが
70年代に入ると俄然マッスルサウンドスタジオが注目され フェイムは落ち目
いやリックホールとしてはもくろみ通りだったかもしれない 
白人で ナッシュヴィルで音楽活動していたというホールにとっては
「南部」や「スワンプ」などはありがた迷惑 とりあえずウェクスラーに好きにやらせていたら人気が出たからヨシとしていたように思える
ガタガタうるさい四人衆ともどもウェクスも出て行った(新スタジオを作った)から ある意味せいせいしていたのかも…
時間も関係なく騒ぐ/スタジオを汚す…そんな「ロック勢」はこっちから願い下げとか それは新スタジオで一手に引き受けてくれという気分ではなかったか

フェイムはその後も地道に続けていたわけだし
オズモンズの "one bad apple" "Yo-yo" などヒットもあった あのカルピス坊やのオズモンド兄弟/モルモン教徒らしい清廉潔白さは 実にホールの好みなんじゃないのか
ポール アンカの録音もフェイムであった と書けばリック ホールの立ち位置は見えてこようというもの


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2012年05月02日

Sigma sound / Muscle Shoals sound


フィリーソウルの時代とはいつだったか 自分のなかではまさにリアルタイムだった物と感じているし 好きだったネェ
73〜78年ぐらいが全盛であったか
大義ならば60年代の『ツイスト』から… dance craze なカメオ/パークウェイのフィリーからも含めてだろうが やはりフィリーソウルといえばギャンブル/ハフ組とトム ベル そしてシグマ録音 と
60年代フィリーも遡って DDシャープ/オーロンズ/タイムズ/ドヴェルズ/レン ベリー…好きなアーティストは数多い ギャンブルとハフとベルにとっては修業時代か 
とりわけ好きなのは ジェリー ロスとケニー ギャンブルの共作 "The 81" 
キャンディ&キッシーズ この一発ヒットのみが惜しいガールグループ

フィリーはいまでも不思議な思いがある
シグマのバックメンツMFSBを始めとして スタッフからパフォーマまでほぼオールブラックだったのに ワタシの苦手の sweatyなブラックネスが皆無 非常にソフィスティケイトされたサウンドであったこと
(それゆえに世界規模で成功したとも言えるか モータウン同様の「白人マーケット」への意識…とも思えないが)
MFSBによる "TSOP" /the sound of philadelphia が『ソウルトレイン』のテーマになったのも あの sweat black の総本山のような番組とどこかそぐわなく思ったモンだったが…


とにかくフィリーといえば『弦』でしょ 流麗なストリングズなくしてフィリー語れず 弦好きのワタシにはたまらんかったワ
バリー ホワイト好きもこれかな gene page のストリングズ 弦が書けるというクラシックの素養がまずソフィスティケイトの第一歩かも)

ギャンブル/ハフも良かったがワタシはどちらかといえばトム ベル派 なかでもスピナーズが一番



Drells_3rd.jpg

この盤 ドレルズ3枚目だが オリジナルの12曲は
ギャンブル/ハフ プロデュースのシグマ録音10曲+地元ヒューストン録音2曲の構成であった
そこへ UK Rhino は15曲を… 
まずシングルオンリーだった11曲(4曲シグマ/7曲マッスル)
それと未発表4曲(シグマ3/マッスル1)をボートラ追加
アナログならば二枚組のボリューム 「てんこ盛り」の大盤振る舞いはUKソウルフリークの矜持なのか

「マッスル」8曲は FAME studio ではなく Muscle Shoals Sound Studios 録り

シグマ録りは68年末から翌年末までの一年間
ギャンブル/ハフは PIR (philladelphia international records) を興す前の まだまだ請負仕事をしていた頃というのに やっぱり「弦」は…

マッスルでの弦といえば マッスルスタジオは弦録りができる広さがないこともあったろう ほとんどがマイアミのクライテリア録りだった そのアレンジは Mike Lewis が一手に請け負っていた
ルイスもいいアレンジャーだが まずマッスルで完パケ録音を済ませた上での「外注」先 “これに弦を乗せておいてヨ”という流れで仕事を受けていたルイスという感じがする

この マッスルとシグマが混在した盤を聴いてみて特に感じたが
シグマとは フィリーサウンドとは 制作の途中…もっといえばハナから
「弦をどう鳴らすか」ということを考えていたのでは
弦の重要度が違うんだな 他の録音とは

とはいえ マッスルがダメなのかといえばそんなことはなく
朴訥な南部風味が魅力

それにしても 黒人中心のフィリーよりも白人ばかりのマッスルのほうが
ソフィスティケイトから遠い音というのも意外な事実
(たんに 都会とド田舎の違い?)
ライナーによれば アーチー ベルはマッスルのスタジオへ入るなり
「ここは俺の来るべき場所じゃないぜ〜」と 白い顔ばかりに唖然としたとか

そんなマッスルでの録音にいたる経緯というのは…
黒人SSW (Prince) Phillip Mitchell はこの頃マッスルをベースに活動
特にソングライターとしてマッスル「座付き」となっていた
なかでメル&ティム "starting all over again" は大ヒット
そのミッチェルとアーチー ベルが実は旧知の仲 それが理由らしい

アトランティックから3枚目を出した後
シグマから離れてマッスル録音の4枚目を考えて事は進んでいたようにみえる
ここに収録のLP3枚目後のシングルが ほぼマッスルでのテイクだったことを考えると アルバム録音は終わっていたのだろう が その発売は拒否された…仕方なくシングルで「ばら売り」になってしまったという背景なんじゃなかろうか
都合8曲ものマッスルレコーディングがここに収録されているのだから

ミッチェルの書いたナンバーは3曲 ミッチェル同様にマッスル座付きだった George Soule (& Terry Woodford) の曲もあり
プロデュースは Brad Shapiro & Dave Crawford 
シャピロは マッスルカーカイヴで何度も書いているが プロデューサーとしてはウェクスラーに次いでマッスルをヒイキにした人物 
最も知られるのはミリー ジャクソン盤だが それ以外でもウィルソン ピケットはじめ ベッキー ホッブズ/アンディ フレイザー(元 Free!)など白人のマッスル録音も手がけている


マッスル録音のなかでイチ押しは未発表の中の1曲 "Paches"
この名曲 黒人音楽ファンのみならずチャートフリークも覚えているかも
アラバマの かなりディープなサザンシンガー クラレンス カーターの大ヒットだった 70年にブラックのみならずポップチャートでも4位まで上がったミリオンシングル
ちょうど個人的にはチャート入れ込みが始まった頃ゆえ 最初に好きになった黒人ヒットのひとつがこれだった
なんとも滋味溢れるミディアムで ある意味最初にふれたマッスル録音だったかもしれない(いやオズモンズ "one bad apple" が先か?)

後に調べると この曲は作が これまたワタシの大好きな chairmen of the board のジェネラル ジョンソンだった
同70年のチェアメン シングル "everything's Tuesday" のB面が初出
そしてそれをすぐさまカバーしたのが実はドレルズであったとライナーにはある
しかしそのテイクはお蔵入り
その録音の直後にマッスルで録音(FAME work) していたカーターも採り上げたということで カーターにとってメモラブルなミリオンヒットは ドレルズあってこそだったという次第

で そのテイクは… チェアメンのオリジナルはもちろん良し 盲目カーターも素晴らしい 
が ドレルズも負けていない マッスル四人衆が最高のバッキングで盛り上げている

ドレルズのマッスルセッションは70年6月とある
ということは Muscle Shoals Sound Studios にとってこれも初期録音の部類
シャピロのマッスル録音がかなり早い時期からだったのも意外であった


http://youtu.be/IvfsfS6NVUc clarence carter
 
http://youtu.be/QPy2YGm0mQ8 chairmen of the board


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2012年03月03日

sanford/townsend


http://www.youtube.com/watch?v=mlgwTLmtfBg
このジャケを見てチョーヨ わしゃ南利明だぎゃ
これじゃあかんねぇ〜 売れそうにない
ビーサンと…手前は何? 

sanfor_1st.jpg


しかしこれ マッスル盤 マッスル録音なのでして
プロデュースがジェリー ウェクスラー
が 再度しかし…マッスルアーカイヴへ入れるほどのモンじゃない

77年全米9位 “Smoke from a Distant Fire”
典型的な「一発屋」 サンフォード&タウンゼンド
メインは二人だが一応は6人バンドだったよう その一発ヒット
聴いてもらいましょ




あったねぇこんな曲が と思い出されたか
アワーグラスからは10年後 まさに当時の…FMステイションヒットというべきか
キャッチーなメロ 軽いギターリフ
とてもそうは思えないだろうが これがウェクス プロデュースのマッスルショールズ録音であった

売れそうもないジャケのLPに収録されていたこの曲がスマッシュヒットした
なので レコ会社は即 ジャケ変更 タイトルは単にバンドネームだったのも
この曲をタイトルへと変更してリイシュー

sanford_2nd.jpg



エド サンフォードとジョン タウンゼンドだが 実はこのふたり 
エドがモンゴメリー ジョンがタスカルーザ ともにアラバマ出身であった

http://swampland.com/articles/view/title:john_townsend

ここにインタビューがあって あのポップな一発ヒットからは想像しにくいバックグラウンドを披露している
なかで Johnny Wyker との出会いと話しているが まず皆さん知らぬでしょうな
「モーターサイクルママ」をヒットさせたセイルキャッツというマッスルの二人組の片割れがワイカー そのアルバムはピート カーproduce 

ロギンス&メッシーナバンドのメンバーが昔なじみだったのでロスへと出てソングライター活動があったこと 名エンジニア アレックス ケイゼィングラスと知り合えたこと そしてウェクスラーのプロデュースで故郷アラバマはマッスルへ戻っての録音…等々

ダン トーラーの名前もコアなサザンロック好きには知られるところ
最初はディッキー ベッツのグレイトサザンだった名ギタリスト オールマンズへ そしてグレッグバンドを経て 現在はタウンゼンドと双頭バンドをやっているとある



posted by Denny_O at 07:28| Comment(0) | TrackBack(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月29日

Hourglass


hourglass.png

手に紙コップ? パーティ 打ちあげ…かな
L→R :
paul hornsby / johnny sandlin / duane / pete carr / gregg


オールマン兄弟にはさまれるピート カー
ニッティグリッティと対バンしたことでそのマネージャ(ジョン マキュエンの兄キ)に認められ Liberty に紹介され 華の都ロスへやってきたおのぼりさん<oンドが オールマン兄弟にとってのメジャーデビュー このアワーグラスというわけで

http://www.sakatomi.com/PeteCarr/

ベーシスト マブロン マキニーが エリック バードンと一緒 ステージに穴をあけてどこかへ遁走 その穴を埋めたのがわがピート カー

前にはなかったのに 今見るとウィキにしっかりありますよ 単独項目「Pete Carr」 
それなりにツボはおさえて書かれているので 見てチョンマゲ
しかし 地元デイトナビーチとはいえ オールマン兄弟最初のローカルバンド Allman Joys のギグを観に行ったのが15才ですか…

ロッドのレコーディングセッションへの参加 トム ダウドがピートをロスへ呼んだとあるね さすがに目利きなダウド翁

文中 ピートも Fame のミュージシャンであったように書かれているが
基本的にはピートはフェイムとは無関係 とはいえ同じマッスルの地ということで 自身でプロデュースしたジャック テンプチン盤の録音やレニー ルブラン盤のミックス等々 フェイムスタジオの使用も多少はあった
オールマンズの裏方に廻ったホーンズビィ/サンドリンらと組んでのメイコン リズムセクション( LIV のファースト盤他)〜マッスルショールズ リズムセクションという流れがピートカー

+++++

"The Power Of Love" The Hourglass




ところでこの曲 "power of love"
アワーグラスのセカンドLPタイトルチューン よくできた曲と思う
ちょい力入ったグレッグのヴォーカル サビのメロ/コード進行は…どこかで聴いたような感じはあるがほどいいポップセンス いかにも68年という音ですなあ ロック感覚とポップス感覚がからみあう
メンフィスから出てヒットを飛ばしたボックストップスへ 追いつけ追い越せ?
ウッドストック¢O夜の「ヒット狙い」だね まあこの時は 夢破れて故郷へ舞い戻ったンだが… 
音楽がチャートアクションで判断された頃のはなし


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2012年02月21日

Muscle/ Ahmet produce


batdorf-rodney.jpg

#148
Batdorf & Rodney/off the shelf
produced by Ahmet Ertegun + Batdorf & Rodney
( '71 Atlantic)
< ー : ★★★★>


John Batdorf  日本ではバドロフだったか バドルフだったか
かなり難しい読みなんじゃないかな 米国人でもよく分からないのでは
さて このバドロフ&ロドニーとしてか それとも
Silver としてか どちらで知られる名前だろう

アコースティックデュオ バドロフ&ロドニーは
トリプルA atlantic asylum arista の3レーベルに一枚づつ
三枚を残して解散 ここで取り上げるのはそのファースト

アリスタでの3枚目のプロデュースは アルバム1枚でポシャったガリバー 
ダリル ホールも一緒だったがそこにいたトム セラーズ
そのまま バドロフが次に作ったバンド シルバーの唯一盤もセラーズが
プロデュースだった

この71年アトランティック盤がマッスル録音
レーベルの御大 ずっと元気だったのに数年前不慮の事故で
亡くなってしまったアーメット アーティガン
自身でプロデュースを務めている
アーティガン プロデュースのマッスル盤といえば
前70年の#142 Nicholas Lampe 盤があったがあの駄盤とは
雲泥の差 こちらはずっとイイ

とはいえ なぜわざわざマッスル(アラバマ)まで連れて行ったか
かなり疑問な音
71年 明らかにCSNYの影響を受けたふたり
「アコギ&ハーモニー」 まさに当時のロスの音でしょ
リードギターも基本はアコギで それがかなりステファンぽい
テンション多用
エレキでのリードプレイは少し それも含めギターはふたりですべてこなしている
なのでジミー ジョンソンなし ベケット/フッド/ホーキンスがバックを
さらにクレジットにはベースでクリス エスリッジ ドラムにジョン バーバタの名前がある
エスリッジ/バーバタがマッスルまでとは考えにくい たぶんロスでのオーバーダブでしょう
となれば なおさらマッスルの意味が分からない
爽やかすっきり青い空 吹き渡るのはロスの風であり まったくマッスル的南部滋味は感じさせないのだから
キーボードにジェイ ワインディングあたりを加えてのロス録音のほうが 
よりハマったセッションに思えてならない
(ハマらないマッスル盤ということでオーリアンズのファーストを思い出した)

まあなんにしても 出来はかなり良い
いいメロを書けたふたりなのでアーティガンも CSNYクラスとはいかずともかなり売れると期待しただろう
しかし1枚で手放した(逃げられた?) 
続くのが 生き馬の目を抜く業界人 アリスタのボスだったクライヴ デイヴィス バドロフの才を見抜いてのシルバーだったはず
が 【恋のバンシャガラン】をあてがっただけでポシャったことは前に記したとおり









posted by Denny_O at 08:54| Comment(0) | TrackBack(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月18日

マッスル界隈スタジオ事情


ネットで知り合ったShikanoくんは ロスアンゼルス在が長い 
ごく最近仕事がてらでマッスルを訪れたそうな 写真をフェイスにアップしている
興味の向きはワタシのフェイス頁経由で覗かれるもよし

Muscle_shikano.jpg


それはファースト マッスルスタジオである
写真のなかで ボビー ウィトロックが使用したというvintageなHammond B-3がある
はて? ワタシの記憶ではボビーがこのファーストスタジオで 自身にしろセッションにしろ録音したことはない セカンドでなら某日本人のレコがあったが…
ボビーのB3というならば やはり置くべきはクライテリアだろう ドミノズ セッションで活躍したあの機種であろうからね

さてファースト セカンドは何かといえば
Shikanoくんが訪れたのは Muscle Shoals Sound Studios
一世を風靡したといっても過言ではないこの名スタジオは初代 二代目 ふたつあった
初代がかの 3614 Jackson Highway このアドレス看板を掲げたあのスタジオ
その後テネシーの大河近くへ移っている ずっと広くなって それがセカンド スタジオ

Fist Muscle.jpg
@Don Walker: First Muscle Studio

second Muscle.jpg
@Don Walker: Second Muscle Studio (現在はどうなっているだろう

ファーストは69-78 セカンドは79-85年でいったん活動を停止している
しかし上記 bobby参加の某日本人レコーディングは2002にセカンドスタジオで行われた そこでもマッスルサウンドスタジオの名前は使われていた

マッスル(スタジオ)はMuscle Shoals Rhythm Sectionこと四人衆 (barry beckett, roger hawkins, david hood, jimmy johnson) が まんま「オーナー」であった
が85年を最後に売却と聞いた ミシシッピ ジャクソンに本拠を置く MALACO Records へと その後マラコも実業家に売却とも それも老朽化によって取り壊しとどこかで見ていたんだが…
売却というのがファースト/セカンド込み込みであったのか

はっきりしてるのは ファーストスタジオも「健在」であること それも過去の遺物ではなく立派に現役という
Shikanoくんから聞いたが The Black Keys というバンドがかなり売れているらしく そのバンドが録音に使っている UT映像にはたしかにマッスルでの録音風景も出てくる
誰が現オーナーかは分からないが 健在というのは嬉しいニュース

ちなみに今付いている「3614 Jackson Highway」看板は付け替えだね 昔のと書体こそ合わせているが微妙に平体かかっている オリジナルのそれは移転の際にセカンドスタジオへ運ばれそこの壁に飾られていた

++++++++


グーグル ストリートビューでこの界隈をチェックしてみた
驚いた (ファースト)マッスルはまじに墓地の真ん前だった
それとアドレス 正確には North Jackson Hwyだった ジャクソンハイウェイはもっと南にある 正確な住所は
3614 N Jackson Hwy, Sheffield, Colbert, Alabama 35660
以下 Google からスクリーンショット

Snap001.jpg
(通りをはさんで墓石が見える)

Snap002.jpg

Snap003.jpg



マッスルショールズサウンドスチューディオ
69年に四人衆が ジェリー ウェクスラーから資金貸与をうけて「棺桶置き場」であった空き倉庫を買ってスタート…と聞く
その経緯は前に書いたが再度

ナッシュビルで音楽修業(?)をしていたリック ホールという男 地元へ戻って音楽出版を開始 その名はフェイム これは地元フローレンスからで Florence Alabama Music Enterprise の略
フローレンスという街はマッスルショールズとは川をはさんで対岸 最初はフローレンスで始めた事業なのかどうか その詳細までは分からないが ともかく61年からの FAME Studio はマッスルショールズのど真ん中に位置する

google earth にリンクしていたこの Don Walkerさんは南部のいまのスタジオ写真を多数アップしている たぶんエルヴィスファンだろう ここにマッスルもフェイムも 航空写真まで入っているので「いいね」 (Ardent Studioもあり!)
www.panoramio.com/photo/6322787

もとい
ホールのスタジオをひいきにしたウェクスラーは studio fee の問題か いやたぶんホールとは「合わな」かったんだろうと想像する この地でより自分でやりやすい録音場所を… 
そこで画策したと思う
「元手は貸したるさかい スタジオ やらへんか?」耳元でささやいた相手 たぶんバリー ベケット もしくはジミー ジョンソン フッド/ホーキンスとは思えない^^
四人衆もホールにはうんざりしていたのでは 渡りに船…だったかも


田舎道の 墓地をはさんでポツンとたたずむ まあ何にもなさそうな場所 小腹が空いてコーラ&バーガーを買いに走るのも骨 そんな辺ピなところに見える
それでもここに ミック/キース ロッド ポール サイモン シーガー ボズ ウィンウッド ら大物が車飛ばしてやってきたんだから… どんだけ熱≠ェあったのか 当時に見てみたかったヨ
ちなみにディランは 本人レコ録音はここではなくセカンドで ゴールドバーグ盤(#018)セッションでは来た…かもしれない


蛇足ひとつ:
Don Walkerさんは 川沿いセカンドスタジオ写真のキャプションに(ディランやコニー フランシスらが)と記載
コニー フランシス マッスルにはそぐわない名前と思われるはず
しかし確かにコニーのマッスル録音盤は存在する(#128)
ジョンソン&ホーキンスのproduce ピートも参加なんだが…
シーガーによってヒットしたマッスル楽曲のみ上げておこう





Don Walker氏のフォトのなかにWidget Sound Studioもある
斜面に立ち 段のついた天井(というか屋根が見えないが) まるでマッスル スタジオのよう
一瞬 もしやマッスル スタジオの別名だったか? と思った

widget.jpg
@Don Walker


widget01.jpg
#Google

widget02.jpg


違った マッスルの近くにある別スタジオ N Jackson Hwy を300mばかり行った場所のよう すぐ近く
マッスル スタジオは知っていてもこの小さなスタジオのほうは まず知る者はいまいな
かなりマッスル盤を買ってきたワタシでもここのクレジットは… 見返してみよう
なんと 1枚のみ!
[ Sailcat ] (#039)
ピート カー プロデュースの というより表記ではコート ピケット/ジョン ワイカーのデュオ名義だが実際はピートを加えた三人グループだったろう

[ Lenny Le Blanc ] (#021)
この盤は 録音がBroadway Sound StudioだがオーバーダブにWidgetを使っている

レニー ル ブランのファーストソロは
record: Broadway Sound Studio
overdub: Music Mill sound / Widget Studio
remix: Fame Studios, Inc.

Muscle Shoals Sound以外の4スタジオ そのすべても (Sheffield) Muscle Shoals にある


「マッスル」のスタジオといえば…
1にマッスル(サウンド)=@2にフェイム=@3にQuinvy Studio
歴史はフェイム→クィンヴィ→マッスルだろうか

クィンヴィは たぶんブラック系の録音は少なくないんだろうが ロックな身にはどうも「男が女を愛する時」 パーシー スレッジの城という印象しかない Quin Ivyがオーナーゆえのネーミングスタジオだが後に改名してブロードウェイ(これも通りの名)となる
74年の [ I'll be your everything ] (#007) ですでにブロードウェイとされている

小スタジオは…
Widget / Music Mill / East Avalon / Wishbone

最後のウィシュボーンは クレイトン アイヴィ(クィン アイヴィとは無関係だろう スペル違い)とテリー ウッドフォードが共同経営していたスタジオのようだ 彼らがプロデュースしたモータウン物(ルーベン ハウウェルやスプリームスなど)は当然ここでの録音 ピート カーもソロ2枚/ルブラン&カー盤はここで録音している


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2011年11月03日

Pete plays Yamaha



なるほどなるほど、そうでしたか…。

ロッド・スチュワート "Sailing" は「UKロック国歌」と称されるほど英国では浸透している名曲。なれどそのバックは米国アラバマ勢であることをご承知願いたし。
頭のアコギに続いて聞こえるシンセのフレーズはバリー・ベケットがかなり頻繁に使用した「オハコ」フレーズ。

この曲でそのアコギ…そしてエレキ・リードギターを2トラック(ダブルトラックだが、エレキだけで都合4トラック使っている)で弾くのはわがピート・カー。ピート大活躍曲でもある。

で、このビデオだが。
そのアコギはいわゆるナッシュヴィルチューニングだったわけね、お勉強になりました。
12弦ギター用の複音弦(1−2弦はまま/3−6弦オクターブ)のみを使用。
ヤマハのギターだったのか。
12弦ギターでのナッシュヴィル仕様は、たぶん6弦のボディで張ると3−6弦のテンション高すぎてネックによくないという判断なんでしょうな。




今夏、田舎町の雑貨屋のおやっさんのような…短パンでギターを弾いているのはピート・カー師匠ですワ。どこぞのガーデンパーティでしょうか。
手持ちカメラが揺れて辛いが…ギターの腕はまだまだ現役(いまも自宅で宅録自主制作盤を作っている)。
歌うのはデヴィッド・フッドの倅だね。ドライヴ・バイ・トラッカーズ
この日のもう一本の投稿は、そのフッドがベースを弾いてスコット・ボイヤーが歌うもの。




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2011年11月02日

Nelson in Alabama

1020664.jpg

#147
【Willie Nelson/Phases & Stages】
produced by Jerry Wexler
( '74 Atlantic)
< C : ★★>


74年のアトランティック盤。
レッドネック派=Qカントリー界へ一石を投じた? 凝り固まった右派ワールドへ左派っぽく、アーシーなカラーを持ち込んだ人…なんだろうか、やっぱり分かりません。
少なくともこのレコ、プロデュースがジェリー・ウェクスラー/ミックス:トム・ダウド。けれども「ど」カントリーな一枚なもんで…。

ネルソンがマッスル衆をバックに1枚残していることはかなり前にネットで知った。このレコ。
ピートも参加とあれば買わねばと思っていた。CD化が長いことなされなかったがそれも成った、が、さほど興味なくて…。
で、ネットに全曲があったのでようやくチェックです。いやはや、買わなくてよかった…。

ジャケがないので詳細が分からないが、まずマッスル録音だろう。
エンジニアが Jerry Masters / Steve Melton なのだから。
ベケット/フッド/ホーキンスのバック。ギターにジミー・ジョンソンはなく、ピート・カー/フレッド・カーターJrのふたり。(AMG記載)

タイトルの、 "Phases & Stages" というコンセプトアルバムらしい。
全曲がつながりがあるようだがいかんせん歌詞が分からないのでどうにもならず。アメリカ人は、そのストーリーを追いながら音を聴いているんだろうな…、ウェクスとしてもストーリーテリングを邪魔しないように緩いカントリー音像に徹底したのかもしれない。
が、カントリーが苦手な口にはどうにもならない盤。
なにもマッスルじゃなくても、ナッシュヴィルでよかったのでは?…が、マッスルでもカントリー寄りの盤もなくはないか。ピートにしてもカントリーリックも決めるときは決める。ただこの盤ではまったく弾かず。少しだけそれっぽいギターはフレッド・カーターだろう。

マッスルがらみ盤で…喉の小さい骨がやっと取れた感じ、それだけのレコでした。

posted by Denny_O at 21:07| Comment(0) | TrackBack(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月16日

3614 Jackson Hwy


!donnieFritts_muscle.jpg

この写真は知らなかったねぇ、「オリジナル」マッスルスタジオ玄関前。
L to R:
Tony Joe White, Donnie Fritts, Kris Kristosfferson, John Prine and Dan Penn 

ドニー・フリッツの【prone to lean】録音時、ということは74年か。
この盤、たしかにマッスル産名盤の1枚だがワタシにとってはひいきのふたり、ピートとマギーが顔を合わせた唯一…というかジェリー・マギーにとって唯一のマッスル録音盤じゃないだろうか。
そのマギーのギターがイイんだイケるんだ、"when we're on the road" "prone to lean" "rainbow road" で聴ける。Gerry McGee 参加の名盤ともいえる。
当時のマギーは、Stephen Bruton とともにクリス&リタのバックバンドだったことでこの参加だろう。

76年盤、ピートは盟友のソロをプロデュースした、【Lenny Le Blanc】。このクレジットに "thanks to Jerry McGee for use of his Stratocaster" とある。これはルブランの言葉ではなくプロデューサー/ギタリストとしてピートの言葉じゃないかと思っている。

muscle_Fritts.jpg

小さくて残念だがこの写真もドニー・アルバム録音時、集合写真。
A 1974 session at Muscle Shoals Sound Studios in Sheffield, Alabama, during which Donnie Fritts recorded Prone to Lean for Atlantic Records.
 From left, front row:
 John Prine, Donnie Fritts, Jerry Wexler, Jerry Masters, Steve Melton, Tom Roadie, Mike O'Rear
 from left, standing
David Hood, Jimmy Johnson, unidentified, Eddie Hilton, Tony Joe White, Mike Utley, Kris Kristofferson, Roger Hawkins, Barry Beckett, Sammy Creason, Pete Carr, Dan Penn, Billy Sharp, Laura Struzick, Carol Little, and Diane Butler
(ピート、赤のボーダーシャツが子供っぽい…)

しかしこの、アルバムの制作毎に集合写真を撮るのは、完全に「お約束」になっていたんだなあ。(シェール盤はジャケに) 誰だろう、ウェクスの発案だったのか…。
ここではフロリダから Dixie Flyers 組も参加ゆえ大人数。



Travis Wammack & Donnie Fritts




+++++

3614 Jackson Hwy の Muscle Shoals Sound Stuidos は69年にオープンし78年に移転、川縁りの二代目スタジオとなった。
後にオーナーであった四人衆(ベケット/ホーキンス/フッド/ジョンソン)は Malaco へ売却。マラコからも離れて別のオーナーとも聞いたが…。流浪の二代目はともかく、オリジナルスタジオはとうに取り壊されたと思っていたら、「伝説」になっていた様子。
National Register of Historic Place 登録されたとは「世界遺産」に次ぐ快挙か…。

現在は観光スポットらしく訪れれば中まで入れる様子。

http://www.muscleshoalssound.org/

このサイトでの録音アルバム紹介はちょいといい加減なところあり(NYでの出張り仕事/コンピ盤を含む)、
ワタシのarchivesのほうが正確だと思うが…。

posted by Denny_O at 09:12| Comment(0) | TrackBack(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月05日

muscle/Bob Seger


Bob Seger - Back In '72.jpg

#146
【Bob Seger/Back in '72】
produced by Punch & Bob Seger
( '73 Palladium/Reprise)
< A : ★★★>

なんともレアな盤、知り合いから「音だけ」いただいた。
長年 want list に入れていた「マッスル=ピート・カー」盤の一枚。

ボブ・シーガー。このデトロイト・ロッカーは、Silver Bullet Band を率いてチャート常連になったロック・サクセスのひとりだが、修業時代があってボブ・シーガー・システム名義やらソロやらで数枚のレコを発表、その後にブレイクしている。けっこう下積みが長かった。

タイトルが【Back in '72】というこれもその一枚。72年録音で73年初めのリリース。これがどうにも見つからなかった。レアな理由のひとつはレーベルがシーガー自身の Palladium だったから(配給は Reprise を通している)。玉数が滅法少ない。

シーガーは、白人ロッカーで…いや白黒含めて、最も多くのマッスル録音盤を残しているアーティスト(意外に思われるはず)。どの盤も必ず地元デトロイトとマッスル録音、二本立てでアルバム制作していた。この盤はそこにオクラホマも含まれ、三カ所録音盤。

どのアーティストでも修業時代のリリースで気に入らないレコが一枚や二枚はあるだろう、シーガーにとってはこれ。なのでCD許可は一切出していない…はずなのに08年にCD発売、それもボートラ付きで! 南米はアルゼンチン盤。そんなバカな…。

彼の地の Lost Diamonds というレーベルだが、デジパックでぱっと見は正規盤ぽい。丁寧にノイズリダクションしているが、これは盤おこしのブート、間違いない。(そんな駄盤がすでにプレミア価格になっている)
調べれば、あのペイジ先生が激怒して回収させた "Live Yardbirds featuring Jimmy Page" も「CD化」しているレーベルというのだから開いた口がふさがらないワ。


シーガーが「なかったことにしたい盤」のわりには、悪くない内容。
全9曲にボートラ4曲のCD。ボートラうち2曲は歌っているのがシーガーじゃない、まったく関係ない音源(シーガーがちらっと参加しただけのデトロイトのgarage bandあたりかも)を収録。
本編の9曲はなかなか聴かせる。カバーが3曲、オールマンズ/フリー/ヴァン・モリソン

セッションメンツも興味深い。
オクラホマ録音はレオン・ラッセルの持ちスタジオ Paradise Studio
JJケールが "midnight rider" でギターを弾く。クラプトンバンドとなった Dick Sims, Marcy Levy, Jamie Oldaker らオーキー・ギャングも参加。
デトロイトでは、Scherrie Payne がコーラス参加。ペインはフリーダ・ペインの妹、ダイアナの代わりにスプリームスのリードボーカルに入ったシンガー。



聴くかぎりマッスル録音は3曲。なかでこれがいい!タイトルトラック。
クレジットではマッスル四人衆/ピートのバック、このリードギターはピート・カー
72年ではマッスルへ移ってさほど経っていない頃だがすでにこのギターを、たたみかけの四連符フレーズを弾いている。この曲の次に、ジェリー・ゴフィン曲 "Set Job" (【it ain't exactly entertainment】収録) を聴いてもらいたい。



ちなみにこのシーガーの代表曲もマッスル録音、リードはピートが弾く。


++++++++


ここではっきりさせておきたいのが、ジミー・ジョンソンのこと。この先生、まずギターを弾かない人ということ。
フェイム時代は仕方なしに弾いていただろうが、マッスルスタジオとして独立してからはまず弾かない。クレジットはあってもマッスル盤の八割方はピートがひとりで重ねているのでは。
ではジミーは何をしているか。卓がいじりたい人だね、きっと。といってエンジニアのクレジットもほとんどなかった。remixing, mastering などポストプロダクションにも興味が無かったんだろう。あくまでセッションの現場で、ギター・ブースではなくてコンソール・ブースのほうにいて卓をいじりたがった人だったろう。

そこへいくとピート・カー、エレキ/アコギ/ドブロ/スライド…ギターは上手いし卓いじり(ポスプロ含め)もOKでプロデュースもこなした…ジミーよりよっぽど才人なのだ。
マッスルはフッド/ホーキンスの抜群のリズム隊がいたとはいえ、アレンジを仕切ったバリー・ベケットとピートのギター…この二人の head arrange が「マッスル・ショールズ」を輝かせていたとワタシは信じるわけヨ。
しかしピートはスタジオ・オーナー四人衆よりも歳も若いし(童顔だし)、オレも加えて五人衆にしてくれろなどとは口にしない、奥ゆかしい性格であったのだ…と思う。そのギターがたいていジミー・ジョンソンと勘違いされていてもなんら気にしなかっただろう。
(まあそれが歯がゆくてワタシはこんなに入れ込みサイトをやってるんだが…)

ちなみにほとんど弾かないジミーだが、弾くときはまずハイポジション/たぶん7フレット以降あたりはまったく指が行かないギタリスト。トワンギーなローポジション・ギタリストだったと想像している。
ポール・サイモン[僕のコダクローム]、これをヘッドフォンつけて聴いてほしい。ここでピートはアコギのみ(右チャン、左はポール)。薄〜く聞こえるエレキがジミー。低いでしょ。しかしこれがあるとないでは大違い。マッスル暮らしは伊達じゃなく、ツボは心得たギタリストともいえる。


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2011年06月25日

マッスル/ドンデ物


#145
【Johnnie Taylor/Rated Extraordinaire】
produced by Don Davis
( '77 Columbia)
< C : ★★>

ジョニー・テイラー、マッスル物として取り上げるのはこれで5枚目か6枚目か。
マッスルひいき筋は確か。本人よりもプロデューサーである Don Davis の好みなのだが。
マッスルびいきのプロデューサーといえばまずジェリー・ウェクスラーしか名前が出ないだろう。特にロックフィールドから見れば…。

が、マッスルを掘って分かったのがこのドン・デイヴィス、それと Brad Shapiro の名前。この二人がウェクスに負けじとマッスルでレコード制作/録音を行っていたということ。大半はブラックアーティスト盤。


ジョニーの、過去取り上げたアルバムはじつは全て処分した…手元には1枚も残していない。
歌は上手いし声もいい。が、この人のベストはやはりStaxの初期時代、"Who's making love" あたりが抜群なんだが…。[ディスコレイディ]のミリオンヒットはこの盤の前年76年だが、CBSでは時代にスリ寄りすぎ感がありあり、どうにも気分が乗らない。
この盤もそんな一枚であるな、可もなし不可もなしの楽曲が列ぶ。

クレジットが、プロデューサー名以外に一切ない。が、ドン・デイヴィス仕切りならば他盤同様にシカゴ/マッスルの二カ所録音であるはず。


johnnieTaylor_extra.jpg

黒バックのジャケは ring wear が目立つのが常。しかしこれは安レコだったがコンディション良し。
ジャケットは素晴らしい。気品というか品格というか、仕上がりのグレードが高い。これはCBS盤、アルバムデザインの第一人者といっても過言ではない John Berg による。
広めのスタジオでの撮影、切り抜きでないフォトだからそうとう照明に気を遣わなければこうはならない。Stax盤あたりとは格が違うなあ。



posted by Denny_O at 06:22| Comment(0) | TrackBack(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月23日

ウィッシュボーン制作


HOT_muscle.jpg

#144
【HOT/strong together】
( '79 Big Tree)
produced by Terry Woodford & Clayton Ivey
< ー : ★>


誰に頼まれたわけでもない、自分で好きにやっている…それなのに何に押されるのか、こういう駄盤へも手が伸びてしまう自分が悲しい。

ピート・カーが参加しているわけでも、マッスルスタジオ録音でもない…それでも買ったのは「マッスル盤」だから。HOT なる三人組レコが目に入ってしまったわけで。

マッスル録音といって、Muscle Shoals Sound Studios でもなくFame Studio でもない盤…これはマッスルBチームの拠点ウィッシュボーン録音盤。

マッスル・アーカイヴを掘りまくって分かってきたことのひとつ、マッスルの地にある Wishbone Recording Studio は Wishbone Production Inc. を主宰するふたり、Terry Woodford & Clayton Ivey が経営するスタジオだった。
ウッドフォード/アイヴィ組の仕事も「マッスル盤」ということ。

ウィッシュボーン組は Ruben Howell /シュープリームスなどモータウン仕事があった。ほかにもあったが「これは」という盤はない。
マッスル四人衆はこのコンビの仕切り盤にはほぼノータッチだがピートはかけ持ち、こちら盤でも弾いたし本人のソロ/ルブラン&カーでもこのスタジオを使っていた、かな。

79年盤、ジャケでお三方のノーブラが分かります…いや、ブラジャーしててもらって構わないんスが…。
見るからにつまらなそう、しょ〜もない音が想像できるジャケ盤は、聞けばやっぱりそのとおりで…。
つまらなくなった時期のポインターシスターズをよりつまらなくしたような。
ちょいダンサブルなディスコ受けとミディアム/スローが並ぶ、凡庸な出来。メロに光るモンが皆無なので困ってしまった。

HOT、このレコが三枚目だそう。で、77年ファーストからのシングル "Angel In Your Arms" がなんと全米6位のヒットだったそうな。前2作もウィッシュボーン組のプロデュース。
ウィッシュボーン盤として最大ヒットシングルは、作もウッドフォード/アイヴィが共作に名を連ねている。
レーベルがAtlantic傘下のBig Tree。ピート・カー/ルブラン&カーの盤も同様だったから、ジェリー・ウェクスラーがらみでのマッスル関連、その一派にHOTも含まれる。

http://whink.seesaa.net/article/155141739.html

アーカイヴとしてはこういう駄盤も入れておくべきだろうか。シュープス盤は入れなかったが…これは記録として入れておくことに。



posted by Denny_O at 05:48| Comment(0) | TrackBack(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月08日

#143_Miami Disk


バクスター_ギター講座 "Popcorn"





bettyWright.jpg

#143
【Betty Wright/I love the way you love】
( '72 Alston/ATCO)
< C : ★★★>


ひさびさのピート・カー物。

ちょいと前に書き込んだ、ベティ・ライトの72年盤。
オリジナルが高値になっているのでパスしていたらリイシューアナログが¥1500でアマゾン・カタログにあると聞いてオーダー。
が、期日になっても届かない…メールで入荷遅れとのこと。それが二度繰り返されたので、こりゃもう来ないだろう/プレスした在庫はハケテしまったナと踏んでおりました。
ところが先日ちゃんと届きました、それは嬉しかったが…。

一聴しての印象は…ツマラナイねぇ〜とがっかりであった。
しかしこういうコクのあるお皿はじっくり味わうことがマスト、何度か聴きかえすうちにじわじわと養分が溶け出して…。
最初は特徴のない、魅力のない声と感じたものが結構イケるぞと。

バックメンツが多数、ベース/ギター/キーボードが各4人、ドラムは5人も明記されている。ギターにピート・カー(ここでは Jess "Beaver" Carr)、ドラムにジョニー・サンドリンがあることは前述。

録音スタジオの明記はない…が、マイアミは確か、たぶんクライテリアでしょう。もしくはその近くのローカルスタジオ。ホーンが Memphis Horns だがそのアレンジはクライテリア座付きアレンジャーの Mike Lewis が手がける。

カバー2曲、モータウンチューンの "I found that guy" と、ビル・ウィザーズ "Ain't no sunshine" 。

ピートのプレイは…分かりません。それらしい箇所なし…。
さて大ヒット曲「クリーナップ・ウーマン」で、ピートは "popcorn" を弾いているんだろうか…。


+++++++

届いた時にファクトリー・シールドだったが、そこに小さなシール貼りで manufactured by Rhino Records となっていた。ライノによるアナログリイシューだった。
しかしジャケはまったくいじられてない、レコ番号もオリジナルままの SD 33-388 。分かる人は分かるね、 ATCO の連番のひとつ。
なのにレコ・ラベルは ALSTON になっている(これが手書き風で実にイナタい!)、ATCO のレーベルデザインではない。
(P) Atlantic Recording Corpration の文字もあるし、住所はNYのアトランティックの場所。
ALSTON は Atlantic ( ATCO) 傘下なんだろうがこれ以外にアトコ番号のレコは無さそう…不思議なレコだ。

この盤のプロデューサーであるクラレンス・リード(&ウィリー・クラーク)のソロ盤が69年に出ているが、それは ATCO SD 33-307 とある。 当時、シングルは Alston label からかなり出しているらしいがLPではアトコを使っているようだ。
このLPも一応ピート参加らしいのでチェックに入れているんだが、アナログはやはり高いし、CD化は何度もされている割にはまったく中古で見ないので未聴。


++++

このベティ・ライト盤、ベースのひとりに David Brown の名がある。
ブッチ・トラックス(ex Allmans) 、スコット・ボイヤー(ex Cowboy)と三人でフロリダ・ベースのバンド The 31st of February としてアルバムを68年に一枚残した過去があるベーシスト。
そのセカンドLPのセッション中に、ロスでのバンド Hourglass がコケてフロリダへ戻っていたオールマン兄弟が参加したことも知られる。ピート・カーはそのコケたアワーグラスの二枚目がレコーディング・デビューであったから、オールマンズ/カウボーイ、メイコン・リズムセクションがフロリダを起点として活動が始まったことが分かる(アラバマのマッスルへ行ったデュアンとピート・カーも地元はフロリダ)。
さてデヴィッド・ブラウンだが、その後に西海岸へ渡ってボズ・スキャッグズ・バンド〜サンタナへ参加とされるのが常なんだが、どうも違う気がするのだ。
あまりに普通な、ありそうな名前ゆえの同名異人じゃないかとずっと疑っている(それがどうした…?)。


posted by Denny_O at 06:48| Comment(0) | TrackBack(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月07日

マッスル3枚

そうでした、Muscle Shoals Rhythm Section の David Hood とMacon Rhythm Section の Scott Boyer は現在一緒にバンドを、 The Decoys をやっていて昨年に Donnie Fritts のバックとして来日していたんだヨナ。まったく不義理と申しましょうか、行かなかった…。カウボーイ曲を演ったのだろうか。いやネ、そのデコイズの myspace では新録の[all my friends]を聴けるンだが…やっぱりワタシのなかでは、違う。
その来日で、友人は「よかった。誰やら知らぬギターのおやじがめっちゃよかったワ」とも。はてそれは誰かいナと思って今更来日フライヤーをネットで見てみた。
Kelvin Holly(the Amazing Rhythm Aces) とある。

ARAにケルヴィンなんていたっけ? ワタシの記憶のギタリストと違うナ…とはいえARAは何枚アルバムだしているのか、2枚しか聴いてないヨ、わたしゃ。フライヤーには Scott Boyer(ex-Cowboy) とある。ならばカウボーイは過去のバンドでARAは現在も活動中?

1枚はまだ持っていたよなァと棚を漁って見つけたこの盤、見返せばマッスル関連盤であったので再チェック。それと、ARAのコアであったラッセル・スミス盤はピート参加ゆえリストアップしていたが、ごく最近やっと見つけたのでこれも入れましょう。それと、もう一枚のマッスル盤、まったく無印であった盤もゲットしたので都合3枚を…。


amazingRhytym.jpg

 #140
【The Amazing Rhythm Aces】
( '79 ABC)
< ー : ★★>
produced by Jimmy Johnson

ジミー・ジョンソン・プロデュースのマッスル録音。メンフィス・ベースのバンドだったかな。この盤では6人編成、バンドなのでマッスル勢は演奏には基本ノータッチ。special thanks にフッド/ホーキンスの名はあるがマッスル色はほぼ無し。
カントリー風味の聴きやすい盤は、ある意味イージーリスニング。あっさり流せる感もあり…。アル・グリーン曲を歌っても「白い」。ジョーン・バエズ/トレイシー・ネルソンがコーラス参加。

個人的に惹かれたのはギター。Duncan Cameron 、エイモスばりの複弦弾きはなかなかの旨味。



russellsmith.jpg

 #141
【Russell Smith】
( '82 MSS/Capitol)
< B : ★★>
produced by Barry Beckett & Jimmy Johnson

アメイジング・リズム・エイシスの中心であったラッセル・スミスのソロ盤。過去デルバート・マクリントン/レボン・ヘルム/フランキー・ミラーなどがあったマッスル・ショールズ・サウンド・レコード(キャピトルのdistribute)盤、これもその一枚。
ARA盤同様にカントリー色漂うアッサリ盤であるナ。ごくごく普通のポップスLP。
キーボードでベケット/ギターにピート・カー参加。しかしリズム隊は Larrie Londin / Joe Osborne 。ナッシュヴィル一(いち)の売れっ子ドラマー、ロンディンやロスのオズボーンがマッスルへ…全曲マッスル録音盤。

3曲でピートが弾く(1曲はドブロ)。82年のピートらしいダブルトラック(ひとりツインリード)は悪くない…が、全盛期とはかなり違う音色/タッチ。

ジャケ写、なぜかノーマン・シーフ。この人もけっこう細かい仕事をこなしてましたなァ。



NicholasLampe.jpg

 #142
【Nicholas Lampe/it happend long ago】( '70 Cotillion)
< ー : ★>
produced by Ahmet Ertegun / Jackson Howe

recorded at Muscle Shoals Sound Studio Alabama
engineer: Marlin Greene,   strings by Arif Mardin

guitar: Nicholas Lampe / Jimmy Johnson / Eddie Hinton
drums: Roger Hawkins,    kbd: Barry Beckett
bass: David Hood

全曲オリジナルのSSW盤。不慮の事故死が惜しまれるアトランティックのボス、アーティガンがわざわざプロデュースを買って出た盤…こんなマッスル盤があることを知らなかった。アトランティック傘下、コティリオンから。

バックメンバーもきっちり四人衆とヒントン、エンジニアはマーリン・グリーンと申し分のないマッスル録音レコードはボズ盤と同時期だろう、マッスルとしては最初期盤となる。(ピートはまだメイコンにいた時期)

しかし…聴いてがっかり、なにも惹かれるモノがなかった。曲だめ、声だめ、演奏もさっぱり…。
裏ジャケに "listen twice" "Jesus Christ" とアルバムタイトルのように大きく文字を入れている。それとクレジットに spiritual advisors なんてのがある( Dion / Kenny Rankin の名前が4人のうちのふたりとしてある不思議)。
そこで思い出した。マーリン/ジーニー・グリーン盤がやはりマッスル盤であったが「キリスト」色が非常に濃い盤であったこと。このニコラス某もお仲間と見た、コア・クリスチャン・サークルのレコード。

++++

3枚を聴いてつくづく感じたのは、マッスルは…「早すぎてもだめ遅すぎてもだめ」。70年は早すぎる、82年では遅すぎる。旬≠ェことのほか短かったということ。
posted by Denny_O at 10:37| Comment(0) | TrackBack(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月07日

Hood says...


レココレ1月号にデヴィッド・フッド・インタビュー。
Lakland を持つフッドの写真。このベース、人気だね。Daryl Hall's ハウスバンドのベーシストもこれだったし、ジョー・オズボーン・シグネチャーモデルもあったりする新興メーカー。

まずマッスル関連記事のなかに(あれだけクレジットあるのに=弾いているのに)「ピート・カー」の名前は出てこないのが常だが、ここではインタビュアが聞いてくれている。嬉しい事です。
聞き手の中村彰秀さん、まったく面識はない。が、オンステージ山野が営業していた頃に斉藤店長から、店の常連だったらしい中村さんがワタシのサイトを覗いている(と話していた)と聞いた。
もしや頭の片隅にワタシのサイトがよぎって聞いた事かも…。ともかく深謝。

フッドがシェフィールド高校、ドニー・フリッツとジェリー・キャリガンがフローレンスのコフィ高校のマーチングバンドねえ…本人からじゃなければ聞けない話だなあ。
アルバート "Jr" ロウというのは下に入れたダン・ペン&ポールベアラーズのひとりですな。
Oldham - Hawkins - Lowe - Penn - Fritts の五人組。

マッスルスタジオは元は棺桶置き場ではなくれっきとしたスタジオなんですね。フレッド・ビーヴィスの持ちスタジオを打診されて買ったとある。この人は…ソウル畑のプロデューサーだっけ? ブラック系のマッスル音源は細かく深すぎて(シングル・オンリーも多そう)ちょっと手が出ないのが実状なのです。

マッスルと英アイランド勢との関係はワタシのマッスル掘りの懸案なんだが、ここに出てるようにどうやら始めはやはりジミー・クリフ・セッションなんだなあ。この盤が出ないのよ!

+++++++

(別項)
message to Michael... のメロがふと頭に浮かんだが、え〜〜と、しばし考えてやっと出てきました、デヴィッド=バカラックだよね、思い出したのはディオンヌ・ワーウィックの歌声。

どなたか、「裏通りそぞろ歩き氏」へ伝えて上げてください、70年 Forest National Hall - Byrds Live UT映像、ここでパーカッションを担当しているのは Jimmy Seiter だと。

当時のバースのロードマネジャー兼ボディガード役、パーカッションもやっていた。LP【byrdmaniax】は表ジャケは四人のデスマスクだが、ゲイトフォールド内面には5人目としてセイターもマスクを作っている、しっかり載っている。
LP【Bill House/give me a break】の裏ジャケにも写っている(左端)。この盤やデヴィッド・キャシディ【Higher They Climb the Harder They Fall】でもパーカッションを。「バードマニア」がテリー・メルチャーのプロデュースであることからして、セイターは Equinox 近辺にいたということが分かる。

たしか、スパンキー&アワ・ギャングのドラマーだった John Seiter と兄弟(ジミーが兄貴だと思った)。ジョンはトム・ウェイツのファーストで叩いていた(セカンドはジム・ゴードンにチェンジ)。それと山タッツぁんのUS録音ファーストソロでも叩いていたような…。
posted by Denny_O at 08:07| Comment(2) | TrackBack(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月04日

#139_Johnnie Taylor


johnnyTaylor_killing.jpg
 #139
【Johnnie Taylor/She's killing me】
( '79 CBS/US)
< ー : ★★★>

ジョニー・テイラーもマイ・マッスルアーカイブで採り上げるのは4枚目か、思えばこのシンガーもマッスル常連客。

マッスル(スタジオ)と頻繁に絡んだ相手というと、ジェリー・ウェクスラーは身内ということで別枠として、まず英アイランド勢が挙がる。次がふたりの(たぶん)黒人プロデューサー。この人のベースはどこだろうか? やはり南部か、 Brad Shapiro。それとデトロイトの Don Davis 。シャピロといえばミリー・ジャクソン付きの裏方仕事をメインに、ファクツ・オブ・ライフ/バンクス&ハンプトン/ウィルソン・ピケットなどのブラック盤のみならずベッキー・ホブズからアイランドがらみのアンディ・フレイザーまで、マッスル録音を指揮していたかなりの馴染み筋。
ドン・デイヴィスもデルズ/ドラマチックスなどブラック中心だが白人のラリー・サントスも手がけていた。この人は必ず一枚をデトロイト録音とマッスル録音に分けて収録するのを(なぜか)常としていた。
テイラー盤も過去【Taylored in silk】【Eargasm】はドン・デイヴィスのプロデュース、ゆえにデトロイト/マッスル録音。

ジョニー・テイラー。この人の声は好きでねえ、まあ詳しかないがSTAX時代のサザン・マナー楽曲には好きなナンバー多し。スタックスつぶれてCBS移籍、そして後には再び南部へ、マラコへと戻っていった。当然評価されているのはスタックス時代なんだろうな。
76年CBSでの、原題「オーガズム」/邦題「ディスコレディー」からは大ヒット[ディスコレディー]が生まれた。しかしこのディスコ・エラのテイラー…まったく評価されてないンじゃないすか? てか「無視」、とか。今回の盤もCBS期=いけいけディスコ時代≠艪ヲブラックフリークには論外盤になっているような気も。ワタシ的には「ディスコもの」にはけっこう好きな盤/シンガーがいるのでそれほど違和感はなく聴けたが、それでも「これがマッスルかよ?」とは強く感じましたワ。

この盤は珍しい、シャピロとデイヴィスの相乗り盤。複数プロデュース盤。
シャピロが4曲(マッスル録音)/デイヴィス2曲(デトロイト)、残り1曲のみ produce: Frank Johnson & Taylor 、マッスル録音。ちなみにジョニー・テイラーは歌入れはかならず地元ダラスでやっていた。
全7曲と少ないのは5〜7分の長尺テイクだから。当然ディスコ意識ですね、そのままDJにかけてもらいたいという意図でしょう。
ここで、Fジョンソン/テイラー・プロデュース曲だがマッスルはマッスルでもマッスルスタジオにあらず。セイルキャットのところで書いたように、マッスルの地にあった別スタジオのひとつで Wishbone Studio というのもあったわけで、ここです。

(蛇足:)ウィッシュボーンはウィジェット・スタジオよりもクレジットがあった。しかしマッスル四人衆はいっさいここではプレイしていないと思う。ここは Clayton Ivey & Terry Woodford の拠点であったはず。produced by C. Ivey & T. Woodford for Wishbone, Inc., Muscle Shoals, Alabama のクレジットを何度か見た(ダイアナ後の、70年代シュープリームス盤にも二人のプロデュース/マッスル録音盤がある)。つまりは(ワタシが名付けたところの)「マッスルBチーム」のホームグラウンドですね。ピート・カーはA・B両チームにからんだ。


全7曲すべてがアップなディスコチューンではない、2曲がミディアムでこれは悪くないが…。驚くのはバリバリにディスコなタイトルチューン[she's killing me]がマイキー・バキンズ/ランディ・マコーミックのふたり、Bチームのセッションプレイヤーのペンによるマッスル曲であり、別のアップ曲もエディ・ストラジクが書いていること。当たり前だがお仕事だよねぇ、マッスル勢といえどもサザンマナーなど取っ払って、時代に寄り添ってナンボであったのだなあと痛感。ストラジクはシンガーであり、ソングライターとしてはドクター・フックによる全米トップ10ヒット[めぐり逢う夜/sharing the night together](マッスル録音。オリジナルはレニー・ルブランのファーストソロ盤)がある。

メンバーのクレジットはないが、マッスルスタジオでのシャピロ仕切り曲もバックは4人衆ではなくてBチーム編成でしょう。dr: Roger Clark, bass: Lenny LeBlanc, kbd: Clayton Ivey、このLPにピートはまったく無し。たぶんギターは Kenny Bell 。

ジャケ、巨匠 John Berg なんですがこれでジョニー・テイラー盤? ですわなあ。手をつないでいる本人は裏ジャケに廻ってしまった。当初はダブルジャケにする予定であったのかも。
posted by Denny_O at 07:59| Comment(2) | TrackBack(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月24日

baby ruth

セイルキャットで続けよう。
マッスルショールズのセッションプレイヤーのふたり、John Wyker and Court Pickett によるデュオが Sailcat 。しかし、プロデュース/エンジニア/ソングライトにもちろんギターも、ピート・カーを含めた三人ユニット名としての Sailcat であったと思う。
なぜか全米12位までアップのヒット[motorcycle mama]を含むアルバムが唯一盤、72年 Elektra release 。

TVでのプロモ出演なのか、Dick Clark の番組での映像がUTアップされてます。[モーターママ]ともう1曲アルバム収録の[walking together backwards]をやってる。ピートはスタジオ付きなためだろう、この時点では3人のバックとともに5人でライブ活動をしていたらしい。しかし音はまったくの「リップ」、ギター音(ドブロもエレキ・ソロも)はピート・カーのそれなのだ。




アップ主のmickatmidnight氏、どうやらマッスル・ローカルな関係者らしく、ここらマッスルショールズ映像をずいぶんとアップしてますな。John Wyker 本人みたいだね。detail on www.mfvr.org
中で、これは嬉しい1曲。 やはりセイルキャット名義で[baby ruth]。始めて聴けた。この曲はシングル・オンリーのアルバム未収録ナンバーだったので。
ユルい[モーターママ]よりもこちらのほうが、やはりユルめではあるけれど南部的 dull sound で格段にいい出来。ポップな味は譲るがこちらこそセイルキャットの面目躍如。

この曲、マッスルアーカイブ#136デルバート・マクリントン盤とアレックス・テイラー盤【with friends and neighbors】でカバーされている。JTの兄やん、亡きアレックスのファースト。71年のカプリコーン盤で、ここへの書き下ろし曲であったとワタシは思いますヨ。

alex_taylor.jpg


mickatmidnight氏によれば、シングル[baby ruth]は muscle shoals sound studios での録音。アルバムは違っていて、Widget Recording, Muscle Shoals, Alabama 。マッスルの地にはフェイム/クィンビー(後の Broadway sounds)にマッスルスタジオ…だけでなくまだいくつかのスタジオがあった様子。そのひとつ。しかしほとんどクレジットに出てこない。小さなスタジオだったのだろう。場所は四人衆のマッスルスタジオと同じく Jackson Highwayだったとある。

widget_sounds.jpg
posted by Denny_O at 13:02| Comment(0) | TrackBack(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月25日

(不許可転載、陳謝)

Alabama Music Hall of Fame Achiever
PETE CARR
Instruments: Guitar
Date of Birth: April 22, 1950
Place of Birth: Daytona Beach, Florida
Home: Sheffield, Alabama
 

Pete Carr, recognized as one of the most versatile studio guitarists of the past three decades, has contributed to hit recordings by Bob Seger, Paul Simon, Rod Stewart, Wilson Pickett, Hank Williams, Jr., The Staple Singers, Barbra Streisand, Luther Ingram and many other artists. Carr is known for versatility, using the electric or acoustic guitar, playing with taste and his ability to create standout guitar lines on hit songs. Pete being a recording engineer and producer adds even more depth to his talents and understanding of the recording studio environment.

Carr was born in Daytona Beach Florida and started to play the guitar at the age of 13. The Beatles and the Rolling Stones were leading the "British Invasion" at that time. Pete bought their records and others such as the Yardbirds, The Animals and The Searchers which helped him learn the guitar as he studied and played along with the records. The first few albums released by the Beatles and the Stones contained many American Rhythm & Blues songs. The Rolling Stones at that time were deeply influenced by American R&B artists. Two of Pete's favorite "Stones" songs at the time were "It's All Over Now" by Bobby Womack and "Mercy, Mercy" by Don Covay, both American R&B recording artist. Pete never dreamed that he would one day play guitar on recordings for artist like Womack and Covay. It is ironic Carr was introduced to American Blues by British bands. One of Pete's favorite guitar instrumentals was "Walk Don't Run 64" by The Ventures, which he learned note for note. Around this time a guitar player from Memphis, Travis Wammack, released an instrumental guitar record named "Scratchy". The other side of the record was named "Fire Fly". When Pete heard "Scratchy" on the radio he was so impressed he immediately went out and bought the record. Carr also learned from listening to guitarist such as James Burton, Jeff Beck, Eric Clapton, Duane Allman, Ted Connors and Chet Atkins.

Pete's next learning experience was to go and watch bands play. The first band he went to see were playing at the Daytona Beach City Island Recreation Center. They were called the House Rockers, an early version of the Allman Joys. Pete was very young but remembers the two guitar players had blonde hair. Pete didn't talk with the two guitar players at the time. It would be at a later date when he would meet the two guitar players, Gregg and Duane Allman. Later, another popular Daytona Beach band called the Night Crawlers, would play at the same place. Pete would watch The Night Crawlers play songs from the first few Rolling Stones records which Pete had been learning from. Pete learned more as he watched the bands two guitar players, Sylvan Wells and Pete Thomason. Pete now plays an acoustic guitar made by Wells.

At the age of 15, Carr went to see the Allman Joys play at the Club Martinique in Daytona Beach. Carr, with guitar case in hand, introduced himself when the band took a break and asked Gregg Allman to show him some guitar lines. Gregg replied, "That's my brother, Duane's, department." At that point Pete introduced himself to Duane Allman. That meeting began a friendship which lasted until Allman's tragic death in a motorcycle crash Oct. 29, 1971.

Pete moved to Decatur Alabama in 1966 to play guitar for a band called the Five Minutes. Their guitar player, Eddie Hinton, was leaving the band to pursue studio work and Carr was called to be his replacement. Johnny Sandlin, Mabron McKinney and Paul Hornsby were the other members of the band. Pete was a fast learner with the guitar so he fit right into the new band. Pete remembers Sandlin playing him songs such as "It's All Over Now" by Bobby Womack and the Valentinoes. Carr already knew the Rolling Stones version of this song, which he loved, but he also liked Womack's version. Sandlin had heard Womack's version first and did not like the Stones version. They were both great recordings in different ways. Sandlin also got Pete to sit down with the classic B.B. King album "Live at the Regal". The band could not find a lead singer so they eventually disbanded after a few weeks. Carr credits Johnny Sandlin and Paul Hornsby as both being big brother influences and teachers in his music career.

In 1967 Pete, Gregg, Duane, Paul Hornsby and Johnny Sandlin, in a group named The Hour Glass, played together on the "The Power Of Love" album. The Hour Glass had recorded songs in Muscle Shoals, Alabama, at Rick Hall's FAME Studios which was known for innovative productions and great sound. One song recording at FAME, "Sweet Little Angel", was later released in a Duane Allman Anthology set. This recording is now considered a classic piece of raw electric southern rock blues. Pete recalls some warm memories from that time. I remember Gregg, Duane and I playing and singing "Long Black Veil", a great country music standard. It started "Ten years ago, on a cold dark night, there was someone killed, in the town that night". I remember us harmonizing on that song and it really was a moment separated from everything else we were doing. It was like a close family thing. I remember my mother talking about how my Aunt Gertrude would play and sing songs like that. She played guitar also, but she died before I was old enough to really remember her very much. My mom said she would sometimes play the guitar using a kitchen butter knife, so she must have played slide guitar also. She had epilepsy and I think I recall Mom saying that had something to do with her death.

Carr soon found he liked playing in recording studios along with engineering and producing. Pete eventually moved to Muscle Shoals around the age of 20. Johnny Wyker and Court Pickett would soon start work on their "Motorcycle Mama" album. Carr was called on to contribute as musician, engineer and producer of the project. The album was a commercial success for the new Muscle Shoals producer. After this Pete moved into the lead guitarist seat for the Muscle Shoals Sound Rhythm Section. The 70s were among the most productive of the Muscle Shoals Rhythm Section as the cream of rock, pop and soul found their way to 3614 Jackson Highway in Sheffield, AL. Carr played on almost all sessions recorded at the studio for the next 10 years. A good example of Pete's musical ability and taste is the standout guitar lines he played on the Bob Seger hit "Main Street". The Rhythm Section co-produced Paul Simon's "There Goes Rhymin' Simon" which earned them a Grammy nomination. Jimmy Johnson, the rhythm guitar player for the Muscle Shoals Sound Rhythm Section was quoted as saying "..Duane Allman had a magic touch with the guitar that no one else had, with the exception of Pete Carr.."

Carr continued as the premier session guitarist in the Muscle Shoals area playing on projects for artists recording at the main studios and also produced two guitar instrumental albums on himself. This strengthened Carr's reputation as one of the South's best studio session guitarists, as well as an artist in his own right. Jerry Wexler, a world renowned record executive and producer, helped Carr find a record label for his productions. Pete put together the group LeBlanc & Carr and created the album "Midnight Light" as both artist and producer. The song "Falling" became a big hit for LeBlanc & Carr. "Falling" was mixed at FAME Studios which is where Pete did most of the mixing for his production projects. The group's first tour was with Lynyrd Skynyrd on the "Street Survivors Tour" and ended tragically with an airplane crash in Mississippi, Oct. 20,1977. After this tragedy, and other band problems, Pete decided to return to the studio.

Pete Carr had now distinguished himself as the only studio musician in the Muscle Shoals area to succeed as studio musician, artist, composer, engineer and producer. Tom Dowd called Carr to Los Angeles to play on a Rod Stewart album which produced the big hit "Tonight's The Night". Pete's guitar playing was a prominent part of the hit. He layered rhythm and lead guitars throughout the song. In 1980 Carr was chosen to play for the Simon and Garfunkel Reunion World Tour and the legendary HBO Central Park Concert where he played acoustic and electric guitars.

Rolling Stone magazine gave Pete a rave review for his bluesy and tasty electric guitar solo on the Barbra Streisand song "Make It Like A Memory" from her "Guilty" album. The song "Woman In Love" from the same album was a big hit for Streisand. Pete's opening harmony guitar lines were notably unique and hard to categorize but very effective in introducing this Streisand hit.

Carr got his first personal computer in 1978 and became enthralled with it and it's possibilities. Carr experimented with computer multimedia around this time. He had computer data recorded on a music album that when loaded into a computer would display extra information about the album. Denny Purcell, a top mastering engineer in Nashville, ran the test for Carr and it all worked fine. Denny was very impressed with Carr's innovative idea and setup Billboard Magazine to do an interview but Pete was busy at the time. Carr and Purcell believe that this was the first time digital computer information was included along with a music album. Of course the record company did not want to release an album with computer data and for good reason. There were very few personal computers around at the time, thus no market for such a product. Pete studied computer science in Florida during the 80s.

Countless people around the world enjoy Pete Carr's contribution to American music everyday. During the Falklands War of 1982, as British battle ships set sail to reclaim the Islands the BBC (The British Broadcasting Corporation) played the Rod Stewart song "Sailing" nation wide. "Sailing" featured Pete Carr's acoustic and electric guitar playing.
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2009年04月10日

Corky Laing_Makin' it on the street


corkylaing.jpg


今、72年のウェスト、ブルース&レイングのブート音源を聴いているが、いや〜つまらねぇ〜。まあレズリー・ウェストは何の疑問も持たずにやりたいままを演っているだけだろう。惹句ブルース、どう? 商売というか営業というべきか、クリームで当たったンだからパワートリオはうけるはず、もう一発…というスケベゴコロじゃないの。もうひとり、コーキー・レイング。ドラマー。誰も話題にしなかった人だろうな…そういえばそんな奴、いたねぇ…ぐらいに。
ワタシもそのくちでしたが、久しぶりにマッスル盤の幾枚かを聴き返してみたら抜群だったのはこの人のレコだった。ピート/マッスル・アーカイヴのためにやむなく買った盤であったが…あっちでもほめた四つ★レコ、いやほんとにこれはイイ盤ですよ。

いや実際の所はマッスル録音ではなくメイコンのカプリコーン・スタジオ録音盤ですが。マッスル無関係、たんにピート・カーとマッスル・ホーン四人衆が参加しているだけ。ジョニー・サンドリンのプロデュース/ディッキー・ベッツ、トミー・タルトン(Cowboy)参加、カプリコーン色濃厚盤。そこになぜかエリック・クラプトンの名前も。もうひとりギタリストが参加、ジョージ・テリー。となれば元々フロリダはクライテリアスタジオ座付きプレイヤーだったと思えるジョージが、当時はクラプトン・バンドへ参加していてクライテリアでアルバムを録っていた頃だから、クラプトンとテリーは Oldsmobile を飛ばしてジョージアまで出張ったのであろうヨ。(コーキーが海釣りがてらでマスターテープを持参しクライテリアを表敬訪問…そのついでにオーバーダブなんて線も無くはない)

ちょいとハスキー、荒れる前のジョー・コッカーを思い出させる声で全曲コーキー自身が歌う。ドラマーだが歌もイケてます。ギターも弾くヨ。カヴァーは1曲のみ(ボニー・レイットも採り上げてた Barbara George /"I Know")、残りは共作も含めすべて自作曲。ソングライターとしても十分才能ある。やはりソロ作で才を見せたドラマーのジム・キャパルディのようだな、ドラマーは歌えるのだ。
その曲調は、マウンテン/W,B&Lのメンバーであったのがウソのよう…嫌味のないポップス。それにサザンなフレーヴァー盛り込みなので、デニー・ヨースト(&クラシックス・フォー)を彷彿…とすればなんとなく想像していただけましょう。




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2009年04月03日

ダニエル・ペニントン氏、仕切る


danPennband.jpg


ある意味、これぞまさにサザンオールスターズ…。
60年代初めだろうな。

http://www.drummerworld.com/drummers/Roger_Hawkins.html





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2009年02月26日

マッスルのデュアン3


正確にはスウェーデン・オンリー盤に続くボズ・スキャッグスのセカンドソロ『Boz Scaggs』。フェイムではなく、全曲 recorded at Muscle Shoals Sound Studios 盤。
デュアンのセッションギタリスト期の傑作仕事として最も有名な1曲がこれ収録のブルースカヴァー "Loan me a dime" 。今この曲を「アンソロジー」で聴いているが、これだけ弾いてるしね、熱いモノも伝わる…が、まったく個人的に言わせてもらえばこのギターってそれほど好きじゃない。ワタシの琴線には触れませぬ。それにしても13分近い長尺だがよくボズはオーケーしたな。これじゃデュアンのソロ作にボズがゲストボーカル状態では。ボズとしては「こりゃねえじゃん」であったのかも、そこをヤン・ウェナーに諭された?
このレコ、かつて持ってました。1曲 "I'll been long gone" を残して…、ワタシにとってはこの1曲でOKだったので処分してしまった。かなり昔のこと。今ならどうだろ、少し違って聴けるかも。

マッスルスタジオのオフィシャルサイト等々、ウェブでちょいと調べるに、マッスルスタジオでのデュアン参加盤は…
Hey Jude (LP-45) Wilson Pickett 
Boz Scaggs (LP) Boz Scaggs 
New Routes (LP) LuLu 
Southern Fried (LP) John Hammond  
Five'll Getcha Ten (LP) Cowboy  

この程度。もうちょいあるのかも。ピケットの「ヘイ・ジュード」、これはフェイム録りのはずだがスタジオのサイトでは「うちで録った盤」に入れている。はて?

ラストのカウボーイ盤がデュアンの最後のセッション参加盤として知られる一枚。1曲だけ、ドブロでスライドしている "please be with me" のみ。緩いんですけどね、なんかしみじみしたイイ味。ワタシはこのカウボーイというバンドがこれまた大のオキニかもめが。右「マイレコ・ベスト25」に彼らのファーストを入れている。
まったくもって知名度低いバンドだが、多少でも知られるとすればやはり "please be with me" ですわね。ワタシもそうでした。74年の発表ということは高校ン時だな、クラプトンの「461」。聴いたねえ、この盤、ダチの家で…自分じゃ買わなかったがとことん聴いたワ(いまだに買ってない、こんど安レコで買おう)。 天下のクラプトンに、この盤でカヴァーされた "please be with me" 。ここで初めて聴いて、のちになってオリジナルにたどり着く。

Cowboy original version は71年8月にマッスルスタジオで録られたが、デュアンは同年10月頃からクライテリアで「レイラ・セッション」へ。ならばクライテリアで録りの合間に録ったばかり≠フこの曲を弾いて聴かせたとみるのが順当でしょう…ほかにクラプトンとカウボーイに接点があったとは思えない。当時のクラプトンはおつむヘロヘロであったろうがかすかに記憶に残った、ヘロヘロから脱けた3年後に録音した…てなところでありましょうな。




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2009年02月25日

マッスルのデュアン2


リック・ホールとウェクスラーは同世代だったと思うのだが、音楽的に見つめた先/ベクトルがはなから違っていたのでは。フェイムとしてはこれがほぼ最終期ヒットだったろう、オズモンズ "One bad apple" 、全米一位。
アンディ・ウィリアムズ・ショーのアシスタントあたりでTVに出てなかったかね、オズモンド兄弟。ユタ州の敬虔なモルモン教徒一家でしょう(避妊こそ神にたいする最大悪なのでしょうか、キリスト原理主義的な大ファミリーはみんなケント・デリカテッセンと同じ顔に見えちゃうよワタシには)、五人の兄弟はショービズで知られた存在であったのが、後発のアフロアメリカン五人兄弟=ジャクソン5がヒット連発で登場してきたのに危機感を抱いたのか、Osmond Bros.  から Osmonds と名を変えて、どうにかチャートで対抗したかったんだろうな。
プロデューサーのマイク・カーブは彼らをポンティアックに乗せて、向かわせた先がアラバマ州マッスルショールズ。リック・ホールのプロデュースのもと、ソングライトはマッスル地元ライターであるジョージ・ジャクソン、出来たお皿が先の「腐ったリンゴ」、見事にトップ獲得でした。その後も数度マッスル・セッションを行ったが、ベストのテイクはやはりこれでしょう。サザーンガイ、何しろ名前がジョー・サウス、サウス曲 "Yo-Yo" (全米3位)。

いや、何のことかというと、フェイムではその後にあのポール・アンカなども録っているわけで…つまりはリック・ホールという人が、想像なんですが、小汚く髪伸ばしたヒッピーもどきな輩は性に合わない、もともとナッシュヴィルから戻った人だがらマッスルの地を第二のナッシュヴィルへと、ミュージックエンタメの都≠ノしたかったんじゃなかろうか、と。まあ頭の古い人だったんじゃないでしょうか。
対しウェクス、ブラック寄り(なにしろR&Bという言葉を作った御仁)から来てる人だし、南部サウンドに世界のロックシーンから衆目が集まるに違いないと踏んだ、先を読む力がホールとは段違い平行棒であったんじゃないでしょうかね。

その通りになったのでは。60年代ディケードでフェイムは役割を終え、マッスルスタジオ(=四人衆)はまるまる70年代ディケードを活躍する(とはいえ、時代の流れはいかんともしがたい。10年でほぼここもお役ご免に…)。

おっと、デュエィンはどこかいっちゃったな…。





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2009年02月03日

マッスルのデュアン1


ワタシ、鋼鉄ダン団という私設応援団を結成しておりますオクヤマです、別名「団員ひとり」です。スティーリーダン応援です、ちなみに。なお合わせて私設 Muscle Shoals Sound Studios 探究隊、別称マッスル根掘り葉掘り隊、も編隊しております。こちらも「隊員ひとり」です、よしなに。
でさノヨツイスト(これはハルヲフォンに限る)、ひさしぶりにマッスルについて書いたら気になったのがデュエィン・オールマンのこと。

はて、デュアンはマッスルで弾いたっけ? …などと言えば、何をおっしゃるうさぎさん、オールマンズ前史、デュアンといえばマッスルセッションでの数多い名演奏でしょ≠ニ、アメリカンロック派閥構成員から即レスが戻ってきそう。分かるが、ちょ〜っと違うンだよなあ。
あっちに書いたように「マッスル」をなんと定義するかによる。デュアンの活躍の場は、たしかにアラバマ州マッスルショールズだったが、スタジオは FAME 。リック・ホール経営のフェイムスタジオの、派遣社員/フロリダからの臨時雇用専門職がデュアンでしょう。たいしてワタシにとっての「マッスル」はスタジオ、マッスルショールズ・サウンド・ステューディオズであり、ワタシはこのスタジオの根掘り葉掘り隊員なのです。フェイムにはほとんど興味がないんだな。なので自慢じゃないがデュアンの名演盤というのをまったく買ってない。今手元にある「デュアン・オールマン・アンソロジー1」を聴くだけ。
見るにデュアン名演にアトランティック盤が多いが、これはやはりジェリー・ウェクスラーに気に入られたのだな。デュアンの雇用主はホールであったはずだが、ウェクスはアリーサやローラ・ニーロのNYセッション出張りにもデュアンを起用している。デュアンのリーダーバンド=オールマンズがジョージア/メイコンのカプリコーンからデビューであったこと、そのレーベルにウェクスが資金提供していたことを思うに、ウェクスラーはすっかり気に入ったマッスルセッション(=フェイム・セッション)であったがその親方リック・ホールとはとことん馬が合わなかったンじゃなかろうか。看板リズム隊(=マッスル四人衆)へも資金提供して独立スタジオを作らせたことを顧みても…。ウェクスは、「リック・ホールのマッスル」であったのを「ウェクスラーのマッスル」へと、根こそぎ奪ったようにも見えるのだが。

馬が合わないといえばデュアンと四人衆もダメだったと思える。これはオールマンズ本の中だったかな、「…スタジオミュージシャンというのはしょうもない奴ら。ひとりがポンティアックの新車でやってくると翌日には全員が同じ車でスタジオ入りさ」みたいな言葉がどっかにありましたヨ。デュアンとしてはミュージシャンとは自分の「音」で勝負してこそ。人のバックを適当にこなして金を稼いで、興味は車みたいな奴らはミュージシャンとはいえないゼ≠セったんじゃなかろうか。自分もあえて日銭稼ぎをここでやってはいるが、勝負はこれからだぜ/おま〜らとはちゃうゼ、とね。
なので、そのデュアンは四人衆経営の Muscle Shoals Sound Studios でも弾いていただろうか? と気になった。
またまたレスですね、何をおっしゃる、「ボズ・スキャッグズ」"Loan me a dime" をお忘れか≠ニ。
posted by Denny_O at 09:18| Comment(0) | TrackBack(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月21日

Cliff In Muscle

さる(といっても引っ掻かない…)ブログのなかで、ジミー・クリフのアルバムにマッスル録音盤があるとの記事。こりゃ驚きました。それも、その盤…『Another Cycle』というがそこであの名曲 "Sittin' In Limbo" が初出していたとは。「リンボ」ってマッスルリズム隊をバックに録られた曲だったんですぜ!(とか言いながらもクリフのオリジナルヴァージョンはちゃんと聴いてなかったよ、今の今まで)
その他もウェブザッピンしてみた。するとこの盤は 71年で Island 原盤。以下がメンツ、
Jimmy Cliff :Vocals
Tippy Armstrong :Guitar
Barry Beckett :Keyboards
Roger Hawkins :Drums
Eddie Hinton :Guitar
David Hood :Bass
Jimmy Johnson :Guitar

ギターはティッピとヒントンか…(ジミー・ジョンソンは "Twang guitarist" 、リードプレイはFame期をのぞけば♀F無の人)。71年でこのメンツということは、わがピートはマッスル入り直前でしょう、不参加盤。マッスル録音でのリードギタリスト座席は、ヒントンがティッピ、パーキンスらを率いていた初期から徐々にピート先導(番頭格はラリー・バイロム)へとクロス・フェイドしてゆくことになる。
ティッピ・アームストロングはもともとアラバマ在のギタリストでヒントンらと古くからのバンド仲間だったかな。マッスルセッションではボビー・ウーマック盤でのレギュラーだった。それとドン・ニックスのアラバマ・トゥルーパーズへも参加だったと記憶する。

このクリフ盤、見ないなあ…入手できる気がしないが出来たら詳細を入れましょう。しかしここでは内容よりも盤の背景が気になる。というのもマッスル根掘り葉掘り隊員のワタシにとって、英国アイランド・レーベルとマッスルショールズ・サウンド・スタジオとの連帯関係≠ヘ重要課題なのだ。
ジム・キャパルディ/トラフィック/ポール・コゾフ/アンディ・フレイザー/ラビット/フランキー・ミラー/マイク・ハリソン(ex-Spooky Tooth) らがなにゆえアメリカでもド真ん中ちょい南のアラバマの地まで足を運んだのかは気になってしかたがない。ロンドンからなら、たとえばNY州のウッドストックあたりならばさほど苦もなく渡れると思うがマッスルまでは楽な道のりとは思えないのに…。

考えられるのは、やはりアイランドのfounderクリス・ブラックウェルがある時期にマッスルとコネクションを作ったということ。それほどのモンでもなくただ単に誰かが最初にマッスルで録ってみたら良かったんで、「あのスタジオ、ちょいと田舎で行くにゃ骨だが悪くなかったでぇ〜」と触れ回っただけかもしれないが…。
わがアーカイヴでは、71年12月のセッション、キャパルディ盤『Oh how we danced』が最初のアイランド盤であったが、ここでこのジミー・クリフ盤のほうがそれよりも早い、アイランド=マッスル「イの一番」の可能性が高くなったわけ。
posted by Denny_O at 10:40| Comment(2) | TrackBack(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月27日

#138_Levon Helm

levonLP.jpg
#138
"Levon Helm"
( '81 MSS/Capitol)
<B:★>

 ご存知ザ・バンドのドラマー_リヴォン・ヘルムのLP。…だが、LP『Levon Helm』はABCからの78年盤が中古市場には数多く出回っております(same title 盤が2枚あるわけ)が、こちらの81年盤はとんと出てこなんだ。やっとのことでゲット。78年盤も一部マッスル録音を含む盤であったが、こちらのほうが完全マッスル盤でピート・カーも参加盤(と思っていて、AMGをみれば78年盤にもピートの名があるねえ…そうだっけ?)。

 この81年盤は、過去のマッスル頁でフランキー・ミラー/デルバート・マクリントン/クリムズン・タイドと採り上げた、キャピトル原盤/マッスル制作盤。これはどうやらちゃんとしたレーベルとして Muscle Shoals Sound Records は短い間でも機能していたということ。つまりこのリヴォン含めそれらアーティストはすべて“MSSレコードとの「契約アーティスト」”ということ。
 なので、全曲がマッスルスタジオ録音で、マッスル四人衆を始めマッスルオールスター総出のバック、そこにケイト兄弟などがからんでおります。

 が、正直退屈な盤なのだ〜、これが! なにしろ曲がダメ。もともと曲が書けない人だからカヴァーに頼るわけだがここでは有名どころから、モータウン "Money" /ジョニー・オーティス"Willie and the hand jive" を取りあげ、ほかにトム・スノウ、リチャード・スパ(おっとこの人も参加)、トロイ・シールズなどのライター曲に、トミー・タールトン/ミッキー・バキンズ(=マッスル楽曲)3曲などを演ってます。
 どれもこれもなんだかなぁ〜…ですわい、ダレているわけじゃなくてそれなりに頑張っているのはわかるが…。「バンド」の人だからと過度な期待があるわけじゃないけれど、あまりに凡庸/オーディナリーなマッスル・セッションになってしまっている盤。

 ピートはラストのバキンズ曲、もろにカントリーナンバーですが、ここで彼らしいギターを披露。それ以外_ピート以外のギターでも「おやっ」と思わすプレイ、ジェリー・マギーばりに冴えたギターもあるにはあるのですが…。

PS:No.136のギルバート・マクリントン盤で書いたことだが「マッスル録音盤ではかなりの頻度で地元曲を採り上げる。これって、利益の地元還元?…仲間内を印税救済のために四人衆はプロデュース・オファーのたびに契約項目に入れていたんじゃなかろうか」。ここでも3曲採用。やっぱり言えてない!?
posted by Denny_O at 13:45| Comment(0) | TrackBack(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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