2012年03月03日

sanford/townsend


http://www.youtube.com/watch?v=mlgwTLmtfBg
このジャケを見てチョーヨ わしゃ南利明だぎゃ
これじゃあかんねぇ〜 売れそうにない
ビーサンと…手前は何? 

sanfor_1st.jpg


しかしこれ マッスル盤 マッスル録音なのでして
プロデュースがジェリー ウェクスラー
が 再度しかし…マッスルアーカイヴへ入れるほどのモンじゃない

77年全米9位 “Smoke from a Distant Fire”
典型的な「一発屋」 サンフォード&タウンゼンド
メインは二人だが一応は6人バンドだったよう その一発ヒット
聴いてもらいましょ




あったねぇこんな曲が と思い出されたか
アワーグラスからは10年後 まさに当時の…FMステイションヒットというべきか
キャッチーなメロ 軽いギターリフ
とてもそうは思えないだろうが これがウェクス プロデュースのマッスルショールズ録音であった

売れそうもないジャケのLPに収録されていたこの曲がスマッシュヒットした
なので レコ会社は即 ジャケ変更 タイトルは単にバンドネームだったのも
この曲をタイトルへと変更してリイシュー

sanford_2nd.jpg



エド サンフォードとジョン タウンゼンドだが 実はこのふたり 
エドがモンゴメリー ジョンがタスカルーザ ともにアラバマ出身であった

http://swampland.com/articles/view/title:john_townsend

ここにインタビューがあって あのポップな一発ヒットからは想像しにくいバックグラウンドを披露している
なかで Johnny Wyker との出会いと話しているが まず皆さん知らぬでしょうな
「モーターサイクルママ」をヒットさせたセイルキャッツというマッスルの二人組の片割れがワイカー そのアルバムはピート カーproduce 

ロギンス&メッシーナバンドのメンバーが昔なじみだったのでロスへと出てソングライター活動があったこと 名エンジニア アレックス ケイゼィングラスと知り合えたこと そしてウェクスラーのプロデュースで故郷アラバマはマッスルへ戻っての録音…等々

ダン トーラーの名前もコアなサザンロック好きには知られるところ
最初はディッキー ベッツのグレイトサザンだった名ギタリスト オールマンズへ そしてグレッグバンドを経て 現在はタウンゼンドと双頭バンドをやっているとある



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2012年02月29日

Hourglass


hourglass.png

手に紙コップ? パーティ 打ちあげ…かな
L→R :
paul hornsby / johnny sandlin / duane / pete carr / gregg


オールマン兄弟にはさまれるピート カー
ニッティグリッティと対バンしたことでそのマネージャ(ジョン マキュエンの兄キ)に認められ Liberty に紹介され 華の都ロスへやってきたおのぼりさん<oンドが オールマン兄弟にとってのメジャーデビュー このアワーグラスというわけで

http://www.sakatomi.com/PeteCarr/

ベーシスト マブロン マキニーが エリック バードンと一緒 ステージに穴をあけてどこかへ遁走 その穴を埋めたのがわがピート カー

前にはなかったのに 今見るとウィキにしっかりありますよ 単独項目「Pete Carr」 
それなりにツボはおさえて書かれているので 見てチョンマゲ
しかし 地元デイトナビーチとはいえ オールマン兄弟最初のローカルバンド Allman Joys のギグを観に行ったのが15才ですか…

ロッドのレコーディングセッションへの参加 トム ダウドがピートをロスへ呼んだとあるね さすがに目利きなダウド翁

文中 ピートも Fame のミュージシャンであったように書かれているが
基本的にはピートはフェイムとは無関係 とはいえ同じマッスルの地ということで 自身でプロデュースしたジャック テンプチン盤の録音やレニー ルブラン盤のミックス等々 フェイムスタジオの使用も多少はあった
オールマンズの裏方に廻ったホーンズビィ/サンドリンらと組んでのメイコン リズムセクション( LIV のファースト盤他)〜マッスルショールズ リズムセクションという流れがピートカー

+++++

"The Power Of Love" The Hourglass




ところでこの曲 "power of love"
アワーグラスのセカンドLPタイトルチューン よくできた曲と思う
ちょい力入ったグレッグのヴォーカル サビのメロ/コード進行は…どこかで聴いたような感じはあるがほどいいポップセンス いかにも68年という音ですなあ ロック感覚とポップス感覚がからみあう
メンフィスから出てヒットを飛ばしたボックストップスへ 追いつけ追い越せ?
ウッドストック¢O夜の「ヒット狙い」だね まあこの時は 夢破れて故郷へ舞い戻ったンだが… 
音楽がチャートアクションで判断された頃のはなし


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2012年02月21日

Muscle/ Ahmet produce


batdorf-rodney.jpg

#148
Batdorf & Rodney/off the shelf
produced by Ahmet Ertegun + Batdorf & Rodney
( '71 Atlantic)
< ー : ★★★★>


John Batdorf  日本ではバドロフだったか バドルフだったか
かなり難しい読みなんじゃないかな 米国人でもよく分からないのでは
さて このバドロフ&ロドニーとしてか それとも
Silver としてか どちらで知られる名前だろう

アコースティックデュオ バドロフ&ロドニーは
トリプルA atlantic asylum arista の3レーベルに一枚づつ
三枚を残して解散 ここで取り上げるのはそのファースト

アリスタでの3枚目のプロデュースは アルバム1枚でポシャったガリバー 
ダリル ホールも一緒だったがそこにいたトム セラーズ
そのまま バドロフが次に作ったバンド シルバーの唯一盤もセラーズが
プロデュースだった

この71年アトランティック盤がマッスル録音
レーベルの御大 ずっと元気だったのに数年前不慮の事故で
亡くなってしまったアーメット アーティガン
自身でプロデュースを務めている
アーティガン プロデュースのマッスル盤といえば
前70年の#142 Nicholas Lampe 盤があったがあの駄盤とは
雲泥の差 こちらはずっとイイ

とはいえ なぜわざわざマッスル(アラバマ)まで連れて行ったか
かなり疑問な音
71年 明らかにCSNYの影響を受けたふたり
「アコギ&ハーモニー」 まさに当時のロスの音でしょ
リードギターも基本はアコギで それがかなりステファンぽい
テンション多用
エレキでのリードプレイは少し それも含めギターはふたりですべてこなしている
なのでジミー ジョンソンなし ベケット/フッド/ホーキンスがバックを
さらにクレジットにはベースでクリス エスリッジ ドラムにジョン バーバタの名前がある
エスリッジ/バーバタがマッスルまでとは考えにくい たぶんロスでのオーバーダブでしょう
となれば なおさらマッスルの意味が分からない
爽やかすっきり青い空 吹き渡るのはロスの風であり まったくマッスル的南部滋味は感じさせないのだから
キーボードにジェイ ワインディングあたりを加えてのロス録音のほうが 
よりハマったセッションに思えてならない
(ハマらないマッスル盤ということでオーリアンズのファーストを思い出した)

まあなんにしても 出来はかなり良い
いいメロを書けたふたりなのでアーティガンも CSNYクラスとはいかずともかなり売れると期待しただろう
しかし1枚で手放した(逃げられた?) 
続くのが 生き馬の目を抜く業界人 アリスタのボスだったクライヴ デイヴィス バドロフの才を見抜いてのシルバーだったはず
が 【恋のバンシャガラン】をあてがっただけでポシャったことは前に記したとおり









posted by Denny_O at 08:54| Comment(0) | TrackBack(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月18日

マッスル界隈スタジオ事情


ネットで知り合ったShikanoくんは ロスアンゼルス在が長い 
ごく最近仕事がてらでマッスルを訪れたそうな 写真をフェイスにアップしている
興味の向きはワタシのフェイス頁経由で覗かれるもよし

Muscle_shikano.jpg


それはファースト マッスルスタジオである
写真のなかで ボビー ウィトロックが使用したというvintageなHammond B-3がある
はて? ワタシの記憶ではボビーがこのファーストスタジオで 自身にしろセッションにしろ録音したことはない セカンドでなら某日本人のレコがあったが…
ボビーのB3というならば やはり置くべきはクライテリアだろう ドミノズ セッションで活躍したあの機種であろうからね

さてファースト セカンドは何かといえば
Shikanoくんが訪れたのは Muscle Shoals Sound Studios
一世を風靡したといっても過言ではないこの名スタジオは初代 二代目 ふたつあった
初代がかの 3614 Jackson Highway このアドレス看板を掲げたあのスタジオ
その後テネシーの大河近くへ移っている ずっと広くなって それがセカンド スタジオ

Fist Muscle.jpg
@Don Walker: First Muscle Studio

second Muscle.jpg
@Don Walker: Second Muscle Studio (現在はどうなっているだろう

ファーストは69-78 セカンドは79-85年でいったん活動を停止している
しかし上記 bobby参加の某日本人レコーディングは2002にセカンドスタジオで行われた そこでもマッスルサウンドスタジオの名前は使われていた

マッスル(スタジオ)はMuscle Shoals Rhythm Sectionこと四人衆 (barry beckett, roger hawkins, david hood, jimmy johnson) が まんま「オーナー」であった
が85年を最後に売却と聞いた ミシシッピ ジャクソンに本拠を置く MALACO Records へと その後マラコも実業家に売却とも それも老朽化によって取り壊しとどこかで見ていたんだが…
売却というのがファースト/セカンド込み込みであったのか

はっきりしてるのは ファーストスタジオも「健在」であること それも過去の遺物ではなく立派に現役という
Shikanoくんから聞いたが The Black Keys というバンドがかなり売れているらしく そのバンドが録音に使っている UT映像にはたしかにマッスルでの録音風景も出てくる
誰が現オーナーかは分からないが 健在というのは嬉しいニュース

ちなみに今付いている「3614 Jackson Highway」看板は付け替えだね 昔のと書体こそ合わせているが微妙に平体かかっている オリジナルのそれは移転の際にセカンドスタジオへ運ばれそこの壁に飾られていた

++++++++


グーグル ストリートビューでこの界隈をチェックしてみた
驚いた (ファースト)マッスルはまじに墓地の真ん前だった
それとアドレス 正確には North Jackson Hwyだった ジャクソンハイウェイはもっと南にある 正確な住所は
3614 N Jackson Hwy, Sheffield, Colbert, Alabama 35660
以下 Google からスクリーンショット

Snap001.jpg
(通りをはさんで墓石が見える)

Snap002.jpg

Snap003.jpg



マッスルショールズサウンドスチューディオ
69年に四人衆が ジェリー ウェクスラーから資金貸与をうけて「棺桶置き場」であった空き倉庫を買ってスタート…と聞く
その経緯は前に書いたが再度

ナッシュビルで音楽修業(?)をしていたリック ホールという男 地元へ戻って音楽出版を開始 その名はフェイム これは地元フローレンスからで Florence Alabama Music Enterprise の略
フローレンスという街はマッスルショールズとは川をはさんで対岸 最初はフローレンスで始めた事業なのかどうか その詳細までは分からないが ともかく61年からの FAME Studio はマッスルショールズのど真ん中に位置する

google earth にリンクしていたこの Don Walkerさんは南部のいまのスタジオ写真を多数アップしている たぶんエルヴィスファンだろう ここにマッスルもフェイムも 航空写真まで入っているので「いいね」 (Ardent Studioもあり!)
www.panoramio.com/photo/6322787

もとい
ホールのスタジオをひいきにしたウェクスラーは studio fee の問題か いやたぶんホールとは「合わな」かったんだろうと想像する この地でより自分でやりやすい録音場所を… 
そこで画策したと思う
「元手は貸したるさかい スタジオ やらへんか?」耳元でささやいた相手 たぶんバリー ベケット もしくはジミー ジョンソン フッド/ホーキンスとは思えない^^
四人衆もホールにはうんざりしていたのでは 渡りに船…だったかも


田舎道の 墓地をはさんでポツンとたたずむ まあ何にもなさそうな場所 小腹が空いてコーラ&バーガーを買いに走るのも骨 そんな辺ピなところに見える
それでもここに ミック/キース ロッド ポール サイモン シーガー ボズ ウィンウッド ら大物が車飛ばしてやってきたんだから… どんだけ熱≠ェあったのか 当時に見てみたかったヨ
ちなみにディランは 本人レコ録音はここではなくセカンドで ゴールドバーグ盤(#018)セッションでは来た…かもしれない


蛇足ひとつ:
Don Walkerさんは 川沿いセカンドスタジオ写真のキャプションに(ディランやコニー フランシスらが)と記載
コニー フランシス マッスルにはそぐわない名前と思われるはず
しかし確かにコニーのマッスル録音盤は存在する(#128)
ジョンソン&ホーキンスのproduce ピートも参加なんだが…
シーガーによってヒットしたマッスル楽曲のみ上げておこう





Don Walker氏のフォトのなかにWidget Sound Studioもある
斜面に立ち 段のついた天井(というか屋根が見えないが) まるでマッスル スタジオのよう
一瞬 もしやマッスル スタジオの別名だったか? と思った

widget.jpg
@Don Walker


widget01.jpg
#Google

widget02.jpg


違った マッスルの近くにある別スタジオ N Jackson Hwy を300mばかり行った場所のよう すぐ近く
マッスル スタジオは知っていてもこの小さなスタジオのほうは まず知る者はいまいな
かなりマッスル盤を買ってきたワタシでもここのクレジットは… 見返してみよう
なんと 1枚のみ!
[ Sailcat ] (#039)
ピート カー プロデュースの というより表記ではコート ピケット/ジョン ワイカーのデュオ名義だが実際はピートを加えた三人グループだったろう

[ Lenny Le Blanc ] (#021)
この盤は 録音がBroadway Sound StudioだがオーバーダブにWidgetを使っている

レニー ル ブランのファーストソロは
record: Broadway Sound Studio
overdub: Music Mill sound / Widget Studio
remix: Fame Studios, Inc.

Muscle Shoals Sound以外の4スタジオ そのすべても (Sheffield) Muscle Shoals にある


「マッスル」のスタジオといえば…
1にマッスル(サウンド)=@2にフェイム=@3にQuinvy Studio
歴史はフェイム→クィンヴィ→マッスルだろうか

クィンヴィは たぶんブラック系の録音は少なくないんだろうが ロックな身にはどうも「男が女を愛する時」 パーシー スレッジの城という印象しかない Quin Ivyがオーナーゆえのネーミングスタジオだが後に改名してブロードウェイ(これも通りの名)となる
74年の [ I'll be your everything ] (#007) ですでにブロードウェイとされている

小スタジオは…
Widget / Music Mill / East Avalon / Wishbone

最後のウィシュボーンは クレイトン アイヴィ(クィン アイヴィとは無関係だろう スペル違い)とテリー ウッドフォードが共同経営していたスタジオのようだ 彼らがプロデュースしたモータウン物(ルーベン ハウウェルやスプリームスなど)は当然ここでの録音 ピート カーもソロ2枚/ルブラン&カー盤はここで録音している


posted by Denny_O at 09:55| Comment(0) | TrackBack(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月06日

Kosh_Hollywood dreamin'


さてリンダのノスタルジア連作を紹介したところでやっとこの「隠し球」を紹介できるというもの。これぞジョン・コッシュの最高傑作
72年というからリンダ連作から遡ること10年、渡米前で Who / Family などのジャケをやっていた頃のこと。この時にすでに最高傑作をモノにしていたコッシュなのであった…。

UK United Artists Records が企画したのがズバリ、
【The Golden Age of Hollywood Musical】

1930年代のハリウッドミュージカル全盛時、そのサントラ楽曲集というのだからコッシュがやらずにどうする。
というか、この時点で「この企画盤ならジャケはコッシュだワ」とUA側が気づいていたのか? それともどこからか聞きつけたコッシュが「おいおい! そりゃオレだろう〜!」と売り込んだのか…。

まあ経緯は何であれ、コッシュがもっともやりたいジャケが舞い込んだ。のみならず、ここでも運があるのか…いや、実力ですわね…ビートルズ、ストーンズ、フーのジャケを既にやっていたコッシュだよ、何の文句があろうことか…思う存分なジャケを作ることができた。(コッシュ的には、B4/ストーンズ/フー…意にそぐわぬ二流バンド℃d事をステップに…研鑽を積んでここまで来た??)

それにしてもこれだけの複雑な「抜き型」に金がかかっただろうに、売れたのか? ペイしたのだろうかと老婆心ながら心配になるようなジャケット・デザイン。
なにしろワタシはこのLP…中古エサ箱で発見した時は涙し、その価格¥300に再び涙したのだ。セコハンレコ屋の兄さん、「あ〜たこの駄盤をお買い上げになる!? これはまあ見上げたモンだ、いよっ、篤志家!」と顔に書いてあった。彼は仕入れてからジャケを開いてみてもないだろう…。
池袋にて出会えた、ああ傑作レコード。


kosh_holly_cover.jpg

kosh_holly_inside.jpg

kosh_holly_inside2.jpg



30cm四方のレコード寸法が片6面、両で12面分が全体寸法。右の表裏4面分はポップアップ仕様のために別紙。8面紙とそれを糊貼りしている。
カラーなどという愚はせず、映画の時代に合わせてモノ・トーン/表ジャケ部分のみスミ+特1色で。
二枚の貼り合わせだが形状は一枚紙、それを折り込むだけのシンプルジャケが、これだけの立体感…いや「感」ではなくて実際に「立体」…それも半端じゃない立体なのだから。凄い。
表だけを見れば(デザイン処理はともかく)何ということはないアルバム。それがまず開いてみると飛び出す!=c往時の名作ミュージカルの有名シーンが3Dとして眼前に表れる仕様に驚き、さらに広げれば数々のスチルとともに詳細を記したインナーがこれでもかと出てくるわけで…。
これだけ完成度の高いレコードジャケットをワタシは知らない。
デザインにしろギミックにしろ半端がまったくないのだから。ギミックは…たいていがいたずら心からだが、ここでは必然…すべてが真摯なるオマージュ、コッシュの「愛情」がなせる技。真の傑作とはこういうジャケットなのでアリマス。

PS:このレコードを初めてみたのは(写真だが)、レコードジャケット・デザイン界の巨星コンセプト・チーム『ヒプノシス』、彼らが編纂した名著【album cover album】の第一集で。しかしそこでは5cm四方の表ジャケのみ、コッシュ作とはあったがさほど注意を引く扱いではないし、実際ワタシもほとんど気にしなかった。
が、中は凄いことになっていた…それを教えてもらえたのが、前に紹介した沼辺信一さんによる【12インチのギャラリー】。お世話サマデス。





kosh_holly_2nd.jpg


UA Records は三年おいて再度企画した。
【Hooray for Hollywood】
第二集ということで、もちろんコッシュ・デザイン。
今回は(前回が懲りすぎた?)…変形無しのシングルジャケ。
ただしブックレットが16ページのボリューム。スチル満載。
スミ+特銀色刷りジャケット。クオリティは前作に引けを取らない。





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2011年12月05日

Kosh_Nostalgic Linda


映画フリークであろうコッシュはなぜ本編へ行かずにグラフィックワークを選んだのかと前に書いた。が、なんとなく分かる気が今はしている。
60年代末…アメリカ映画はニューシネマが始まりだした/ロー・バジェットなロードムービー…英国人コッシュとはいえその眼はアメリカを向いていただろうから、もう自分の望むような豪華絢爛な映画の時代ではないと早々に悟った…のでは。
物はあふれ、大型車は湯水のようにガスを食らい、それでも石油が枯れるなどとは微塵も感じていなかっただろうアメリカ社会の、その象徴ともいえるハリウッドミュージカル映画の数々…まさに夢の世界に魅せられていた青年コッシュにとって飛び込むべき映画界は存在していなかったんじゃないのかな。

しかし想い絶ちがたし。グラフィックな世界へ進んだとて、そのモチーフはやはり「映画」であった…というのがワタシのコッシュ感。
コッシュはつくづく運がいいと思う。アメリカへ導いてくれたピーター・アッシャー、そのアッシャーが振ってくれたリンダ・ロンシュタット仕事、そのリンダは大きくブレイク。のみならずリンダが路線変更した先というのが何より望んでいたノスタルジックワールド… Hollywood Golden Age の音楽というのだから。

コッシュはグラミー賞「ベスト・アルバムデザイン」を二度獲っている。ともにリンダ盤。最初は83年(受賞年)の【get closer】だがこちらは不本意だったんじゃないかな。86年の【lush life】、これでこそ本望であったろう。

ネルソン・リドル…まあかなり古い人ゆえ正直当時は知る名前じゃなかった、なんでもシナトラやディーン・マーチン等ハリウッドな人らのバックをしていた、オーケストラ界では大御所/巨匠なんでござんしょ? 知る人は、おおあのリドルがリンダとコラボしたのかと驚いたのだろう。
ピーター・アッシャーのプロデュースで、ネルソン・リドル・オーケストラと組んでのスタンダード歌曲集三連作を発表。

【what's new】(83)

linda_whats.jpg

linda_wats_label.jpg
レーベルもサテン地を…

【lush life】(84)

linda_lushlife.jpg


【for sentimental reasons】(86)

linda_reasons.jpg



見よ、このジャケを。嬉しさに涙チョチョ切れながら仕事したのが見えるよう^^、コッシュ会心の作。

とはいいながら、コッシュ・デザインとしては認めても/リンダは贔屓シンガーであっても、このスタンダード連作はワタシの趣味ではなかった。ので、今手元にあるのは変形ジャケというだけで買った二作目のみ。
一、三作は手にしたことがないのでジャケ仕様が分かっていないのだ。変形…は無かったよなぁ?


※【lush life】、ハット・ケースとでも言うのだろうか、「帽子入れ」をまま模したジャケット。これだけゴージャスなケースに入れる帽子って…お高いでしょうなあ。まあ思うのはハリウッド女優御用達…。そのフタが取れる…開けるとなかにリンダ、というコンセプト。
ついでに過去に書いた「粗いブラシ」に関してビデオを入れておく。(注:ブラシとは、イラストを描く技法のひとつ、エアブラシのこと)





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2011年11月03日

Pete plays Yamaha



なるほどなるほど、そうでしたか…。

ロッド・スチュワート "Sailing" は「UKロック国歌」と称されるほど英国では浸透している名曲。なれどそのバックは米国アラバマ勢であることをご承知願いたし。
頭のアコギに続いて聞こえるシンセのフレーズはバリー・ベケットがかなり頻繁に使用した「オハコ」フレーズ。

この曲でそのアコギ…そしてエレキ・リードギターを2トラック(ダブルトラックだが、エレキだけで都合4トラック使っている)で弾くのはわがピート・カー。ピート大活躍曲でもある。

で、このビデオだが。
そのアコギはいわゆるナッシュヴィルチューニングだったわけね、お勉強になりました。
12弦ギター用の複音弦(1−2弦はまま/3−6弦オクターブ)のみを使用。
ヤマハのギターだったのか。
12弦ギターでのナッシュヴィル仕様は、たぶん6弦のボディで張ると3−6弦のテンション高すぎてネックによくないという判断なんでしょうな。




今夏、田舎町の雑貨屋のおやっさんのような…短パンでギターを弾いているのはピート・カー師匠ですワ。どこぞのガーデンパーティでしょうか。
手持ちカメラが揺れて辛いが…ギターの腕はまだまだ現役(いまも自宅で宅録自主制作盤を作っている)。
歌うのはデヴィッド・フッドの倅だね。ドライヴ・バイ・トラッカーズ
この日のもう一本の投稿は、そのフッドがベースを弾いてスコット・ボイヤーが歌うもの。




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2011年11月02日

Nelson in Alabama

1020664.jpg

#147
【Willie Nelson/Phases & Stages】
produced by Jerry Wexler
( '74 Atlantic)
< C : ★★>


74年のアトランティック盤。
レッドネック派=Qカントリー界へ一石を投じた? 凝り固まった右派ワールドへ左派っぽく、アーシーなカラーを持ち込んだ人…なんだろうか、やっぱり分かりません。
少なくともこのレコ、プロデュースがジェリー・ウェクスラー/ミックス:トム・ダウド。けれども「ど」カントリーな一枚なもんで…。

ネルソンがマッスル衆をバックに1枚残していることはかなり前にネットで知った。このレコ。
ピートも参加とあれば買わねばと思っていた。CD化が長いことなされなかったがそれも成った、が、さほど興味なくて…。
で、ネットに全曲があったのでようやくチェックです。いやはや、買わなくてよかった…。

ジャケがないので詳細が分からないが、まずマッスル録音だろう。
エンジニアが Jerry Masters / Steve Melton なのだから。
ベケット/フッド/ホーキンスのバック。ギターにジミー・ジョンソンはなく、ピート・カー/フレッド・カーターJrのふたり。(AMG記載)

タイトルの、 "Phases & Stages" というコンセプトアルバムらしい。
全曲がつながりがあるようだがいかんせん歌詞が分からないのでどうにもならず。アメリカ人は、そのストーリーを追いながら音を聴いているんだろうな…、ウェクスとしてもストーリーテリングを邪魔しないように緩いカントリー音像に徹底したのかもしれない。
が、カントリーが苦手な口にはどうにもならない盤。
なにもマッスルじゃなくても、ナッシュヴィルでよかったのでは?…が、マッスルでもカントリー寄りの盤もなくはないか。ピートにしてもカントリーリックも決めるときは決める。ただこの盤ではまったく弾かず。少しだけそれっぽいギターはフレッド・カーターだろう。

マッスルがらみ盤で…喉の小さい骨がやっと取れた感じ、それだけのレコでした。

posted by Denny_O at 21:07| Comment(0) | TrackBack(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月18日

kosh '79


下の、ボニー・レイット曲、収録は79年盤【The Glow】

AMG (と意識的に書いているが現在は AllMusic=AM) のバイオによればバーバンク生まれ/ブロードウェイスター=ジョン・レイットの娘とあるが…舞台スターってちょいと日本では馴染みがないよね。
ボストンの音楽シーンから出てきて、いわゆるウッドストック組という印象のレイット。なにより長けたスライドプレイで一躍知られた。そのアルバムも、オリジナルもあるがJBやエリック・カズの名曲の素晴らしいカバーで…。
とはいえ日本では米国ロック通受けしたのみ。本国も大差なかった…が、89年の【Nick of Time】で、苦節20年? やっとメジャーなシーンでも認知される存在へ。

77年の【sweet forgivenness】発表時に来日コンサートだったな、行きましたヨ。レイットといえばフリーボ。盟友ベーシスト見たさに…九段会館だったか、足を運んだ。
ジョン・ホールやエディソン・エレクトリック・バンド組とのNY録音から、生まれ故郷か、ロスへ移動。
で、この79年盤は produced by Peter Asher 。その前盤はポール・ロスチャイルドであり、後盤はバンプバンドをバックにしたロブ・フラボニのプロデュース盤のようだ。
ということは、アッシャー制作はこの1枚のみだね。
そこで登場…デザインはジョン・コッシュなのです。

マリア・マルダー/リンダ・ロンシュタット/カーラ・ボノフ/ウェンディ・ウォルドマン、それにレイット…ロスの仲好し組(この中でコッシュ・ジャケがないのはマリアのみ)。
中でブレイク筆頭はもちろんリンダということで、レイットのスタッフとしてもどうにかそれにあやかりたし…ならばブレイクの黒幕(?)たるアッシャーに制作依頼、というウラは透けて見える。
しかし世の中それほど単純ではなかったようで…1枚でフラボニへ乗り換えたところからしてもレイットとアッシャーの相性はよくなかったんじゃないかな、なにしろワタシもこの盤はすでに放出^^。

それはともかく、アッシャー登場ならばデザインはコッシュ。
コッシュの「身元引受人」ぐらいの存在じゃなかったかねぇ、アッシャーが。わたしゃそう思っている。
英国アップル社(コンピュータじゃないよ、ビートルズの会社だ)で知り合ったピーター・アッシャーとジョン・コッシュ。
コッシュの「大西洋横断」も、アッシャーが…
“なあコッシュ、おれと一緒にロスへ移ろうゼ。仕事は心配すんなって…、必ずオレが振ってやるから”
と誘ったからだと思う…これ正解じゃない?

++++++

フレームもなく、さほどコッシュらしさは見られない仕上がり。
文字処理の丁寧さ、特に「the glow」のアヴェニール書体/文字間あけに“らしさ”があるがこれはデザイナーの眼ゆえ。
オモテも裏も文字は斜めにふっている。
しかしこの盤、裏フォトをオモテに使ったほうがよかったとワタシには思えますがねぇ…。



bonnieRaitt_glow.jpg


bonnie_glowBack.jpg


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2011年08月16日

3614 Jackson Hwy


!donnieFritts_muscle.jpg

この写真は知らなかったねぇ、「オリジナル」マッスルスタジオ玄関前。
L to R:
Tony Joe White, Donnie Fritts, Kris Kristosfferson, John Prine and Dan Penn 

ドニー・フリッツの【prone to lean】録音時、ということは74年か。
この盤、たしかにマッスル産名盤の1枚だがワタシにとってはひいきのふたり、ピートとマギーが顔を合わせた唯一…というかジェリー・マギーにとって唯一のマッスル録音盤じゃないだろうか。
そのマギーのギターがイイんだイケるんだ、"when we're on the road" "prone to lean" "rainbow road" で聴ける。Gerry McGee 参加の名盤ともいえる。
当時のマギーは、Stephen Bruton とともにクリス&リタのバックバンドだったことでこの参加だろう。

76年盤、ピートは盟友のソロをプロデュースした、【Lenny Le Blanc】。このクレジットに "thanks to Jerry McGee for use of his Stratocaster" とある。これはルブランの言葉ではなくプロデューサー/ギタリストとしてピートの言葉じゃないかと思っている。

muscle_Fritts.jpg

小さくて残念だがこの写真もドニー・アルバム録音時、集合写真。
A 1974 session at Muscle Shoals Sound Studios in Sheffield, Alabama, during which Donnie Fritts recorded Prone to Lean for Atlantic Records.
 From left, front row:
 John Prine, Donnie Fritts, Jerry Wexler, Jerry Masters, Steve Melton, Tom Roadie, Mike O'Rear
 from left, standing
David Hood, Jimmy Johnson, unidentified, Eddie Hilton, Tony Joe White, Mike Utley, Kris Kristofferson, Roger Hawkins, Barry Beckett, Sammy Creason, Pete Carr, Dan Penn, Billy Sharp, Laura Struzick, Carol Little, and Diane Butler
(ピート、赤のボーダーシャツが子供っぽい…)

しかしこの、アルバムの制作毎に集合写真を撮るのは、完全に「お約束」になっていたんだなあ。(シェール盤はジャケに) 誰だろう、ウェクスの発案だったのか…。
ここではフロリダから Dixie Flyers 組も参加ゆえ大人数。



Travis Wammack & Donnie Fritts




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3614 Jackson Hwy の Muscle Shoals Sound Stuidos は69年にオープンし78年に移転、川縁りの二代目スタジオとなった。
後にオーナーであった四人衆(ベケット/ホーキンス/フッド/ジョンソン)は Malaco へ売却。マラコからも離れて別のオーナーとも聞いたが…。流浪の二代目はともかく、オリジナルスタジオはとうに取り壊されたと思っていたら、「伝説」になっていた様子。
National Register of Historic Place 登録されたとは「世界遺産」に次ぐ快挙か…。

現在は観光スポットらしく訪れれば中まで入れる様子。

http://www.muscleshoalssound.org/

このサイトでの録音アルバム紹介はちょいといい加減なところあり(NYでの出張り仕事/コンピ盤を含む)、
ワタシのarchivesのほうが正確だと思うが…。

posted by Denny_O at 09:12| Comment(0) | TrackBack(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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